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高齢者って退屈なの?

リチャードから突然メールが来た。
ノリコ、キャッチアップしよう。
キャッチアップってお互いの近況報告のことだけれど……
大体、私が周りからキャッチアップしようっていわれるときは、
その後ろに何かが潜んでいる。ほぼ確実に頼まれごと。
何もなくて、私とキャッチアップしたい人はほとんどいない。
もちろん、リチャードもその一人。
リチャードはおじいちゃん2と仲良しなので、恐らくその関係だろうと
見当はついたけど。

キャッチアップの結果、リチャードがほぼ毎日おじいちゃんに電話して
おしゃべりしてくれていることがわかった。
いい奴だな、リチャード。
いや、いい人だとは思ってたけど、そんなにマメだとは思ってなかった。
ありがとねん。
おじいちゃんとしては、毎日小一時間母国語でしゃべれるのは
すごくストレス解消にも頭の体操にもなるにちがいない。

で、リチャードが私とキャッチアップしたかったのは、
スカイプの操作をおじいちゃんがちゃんとできているか
の確認をしてほしいからだった。
でも、スカイプできてるんでしょ?
というと、
まあね。でも、僕が送ったリンクが見られなかったりするんだよ。
だから、ちょっと操作方法を教えてあげてほしいんだなぁ。
という。

で、それから1週間たっておじいちゃんのところに行き、
リチャードとスカイプしながら、おじいちゃんの様子を見守った。
リチャードは、おじいちゃんに、これはおもしろいだろうと思うニュース
のリンクを送りたいと思っているのだった。
そして、パソコンを開けたら、CNNやBBCがパッと見られたら、
退屈もしないだろう、だからブックマークをつけてやってほしい、というのが彼のもう一つの希望だった。

けど。
そもそも、おじいちゃんはブックマークというものの認識がない。
それに、ブックマークの字が小さすぎて、たぶん、画面見ているだけだと
そこにブックマークがあるのも気づかない。
そこで、CNNとBBCのタブをクリックして画面を切り替える
のはどうかと、説明してみたけれど、
タブも十分な認識がない……ので、
目の前で私がやってみせれば、「そうか」っていう感じだけれど、
私がいなくてもやるかっていうと……やらないよね、という感じがした。

リ一日の大半、一人で部屋に籠もっているおじいちゃんは
きっとすごく退屈だろうと、チャードは思っているようだった。
テレビだって日本語だからほとんどみない……という彼にとって
最大の楽しみ、時間つぶしになるのが、CNNやBBCだと
リチャードは考えたわけだ。

一方で私は、おじいちゃんの目の前で、
おじいちゃんはタブを切り替えることができないわ
とか
ブックマークが小さくて見えないから、ブックマークはしても使えない
といったことを言いたくなかった。
おじいちゃんがやりたくて私に頼んで来たならともかく、
リチャードがおじいちゃんにやってほしいと思ったことを
おじいちゃんができないからって、本人の目の前で「彼にはそれはできない」と断言するのはなんだか筋違いというか、余計な御世話な気がしたのだ。

BBC, CNN,ガーディアンとブックマークとタブを作って、
クリックの方法を教えてパソコンをスカイプを閉じたら、
おじいちゃんが、でもまぁ、オーストラリアのガーディアンは購読しているから、毎日メールが届いているし、当面はそれで十分だ、と言った。
それをリチャードに言ってくれや、と思ったけれど、まぁいいか。

リチャードを始め、おじいちゃんの周りの人は、
おじいちゃんが退屈しないようにと、あれやこれや気を配る。
一日中、日本人に囲まれて、ほとんど会話もせずに、
部屋に籠もっていたら、さぞかし退屈だろうから……暇を持て余すから……。
ことおじいちゃんの周りでは、そういう心配をするのは、男性が多い。
退屈ほどつらいものはないと思っている人が多いのは、
男性の方が多いのかな。

でも、人生のペースがゆっくりになっていくと、
恐らく、刺激が必要なペースもゆっくりになっていくのではないかと
私は二人のおじいちゃんを見て思っているのだけれど、どうなのだろう。
元気なうちに、やることがないと、退屈で辛い人はいるかもしれないけど、
ひとつひとつの作業にも少しずつ時間がかかるようになってくると、
空白の時間もそこまで恐れることはないのでは? 
というのは甘いだろうか。

いついっても、クロスワードをやっていたおじいちゃん1は、
ジャパンタイムスのクロスワードは、アメリカ英語だから
イギリス人の僕には難しい、と言っていた。
それで、それころ退屈しのぎにと、
イギリスのクロスワードパズルを取り寄せて送ったことがあるけれど、
彼はほとんどそれに手をつけていない。
相変わらずの本の虫で、本はあれこれ読みあさっているけれど、
クロスワードで時間を潰すことはいつの間にかなくなってしまった。

時間の流れが変わると、きっと時間との付き合い方も変わるんだなぁと
おじいちゃん1を見ていて思う。
そして、読む本自体も、頭を深く使って読み込むものよりは、
心穏やかな本が増えている。例えば、
Good by Mr. Chipsだったり、Little Womenだったり。

体力があって元気な人の退屈と、高齢の人の退屈はどこかが違う。
だから、無理に彼らが退屈しないようにとこちらからあれこれ持ち込むよりは、聞かれたら、それを差し出す、くらいの方がいい。
そのために、PCの操作を覚えなくちゃならないようなことは、
基本的にNGでは。
帰宅して、リチャードにそう伝えた。
伝えながら、もし、FAXを送れるなら、おじいちゃんがFAX買って、
あなたのFAX受信できるようにする手はあるよ、と言ってみた。
操作を覚えるより、プリントアウトされたFAXを読む方がずっと簡単。

そういう意味では、高齢者にとっては優れものなのだ、FAX。
おじいちゃん1は耳も聞こえないので、コミュニケーションはほぼFAX.
メールを教えれば、という人もいたけれど、
本人に意欲がなければ続かない。
年をとってからの情報は紙が一番。
そう思うと、新聞やFAXがあり続けることは、ある意味高齢者の退屈対策としては意義が大きいなぁとも思う。


得意技は家事の手抜きと手抜きのためのへりくつ。重曹や酢を使った掃除やエコな生活術のブログやコラムを書いたり、翻訳をしたりの日々です。近刊は長年愛用している椿油の本「椿油のすごい力」(PHP)、「家事のしすぎが日本を滅ぼす」(光文社新書)