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栗まんじゅうとかき揚げ

とにかく、仕事のミスが出たら、謝りに行く。
謝りに行くのに、手ぶらでは行きづらいもの。

2021年5月頃だったと記憶している。感染症対策で、急激に仕事が3倍ほど増えた気分で、実際、2倍〜3倍の労力を使っていたと思う。お世話になっているな、どうするか、もしかしたら、取り返しがつかないかもしれない。そんな凡ミスが増えていた。

現場は、人が来る、仕事は続く。
スタッフが疲れているのは、感じていた。
やめていく後ろ姿も何人が笑顔で見送ってきた。

マスクをとってもいい頃か、という頃に、また、思わぬことが起きていた。

父が倒れたと、親類から電話があった。親はいつまでも元気でいて欲しいと願うもの。好きな天麩羅が食べられない、と、のんきにぼやいていたらしい。入院と手術、感染症対策のため、面会できないという。こんな時に側にいてやれず、仕事をしている。与えられた小さな仕事部屋で珍しく涙が落ちた。

何かと親戚で集まる場所で、母は天麩羅をあげていた。「すーぐ、なくなるのよ」と、よく笑っていた。

いたたまれず、気分を変えたく、元気の源になっているピアニストがラジオで生演奏すると聞き、スマホのアプリを開いて、休憩に入った。こんな時は、甘いもの。と、商店街をお気に入りのピアノ演奏を聴きながら、次に何をすべきか考え、歩いていた。仕事が忙しいのは、みんな同じだ、しかし、お茶にしよう。時には雑談の余白が必要だと、お菓子を求めて歩いた。

会社近くの商店街を歩くと、おにぎりぐらいの栗まんじゅうを見かけた。ずいぶん前から、お店の方に聞くと、大正の終わりから、作り続けられたもの。しかし、案外、知らなかった。たぶん、スタッフも知らない存在。おそらく、大きすぎて、みんな笑うはず。

と、季節のねりきりと一緒に購入し、社内にさし入れ。

「もう、みんな、疲れている〜」

と、箱を開けて、案の定、笑いながら、大きさがばらばらのお菓子を選ぶ。みんなそれぞれに抱えているものがあるはずだが、ひとまず、ティーブレイク。何を話したか、忘れたが、とにかく、音楽を聴き、笑った。お菓子と音楽があると、なんとなく、和んだ。

家に帰れば、よく寝ていた子は、身長が伸びており、リビングで受験勉強を始めていた。静かに過ごすのだが、急にショートコントが始まることもある。

一年余りが過ぎ、
その日は、なるべく、残業しないで帰ろう、
と、帰ってみると、子がかき揚げをあげていた。テーブルにかき揚げうどんが出てきた。

いつのまにか、包丁を使い、自分が食べたいものを作るようになっていた。

そういえば、地域のお祭りに、まだ、私の後をついてきていた頃の子を連れて遊びに行ったら、地域のご婦人方に野菜の天麩羅を振る舞われた。なんだか、懐かしい味がした。実家の母が振る舞った天麩羅を思い出していた。

テーブルに出されたかき揚げうどんを食べて、急にそのことを思い出した。

元気になりたい時は、天麩羅をあげる。
食べたいものが、似るのは不思議だ。

「あれだよ、チンアナゴ、真っ直ぐ地上に出て来れないんだよ、右と左とうねうねしながら、地上に出て来るんだよ」

自分をチンアナゴに例えるってなんだよ。
少しだけ、面白い。

ノートパソコンで、子は、チンアナゴの説明を大真面目に始めた。

子は、近頃、生物の観察が好きで、このところ、たぬきが生息している場所を探索しているらしい。

東京にもたぬきは住んでいる。

私は、うん十年あまり前に、一人暮らしを始め、いつのまにか、母となり、子は、あっという間に、こどもでなくなり、何度も一緒にご飯を食べてきたのだが、ようやく、ひとり立ちしたか、と、うれしいような寂しいような気持ちになり、その日は、忘れられない食事となった。




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