教授とベルトリッチとボールズ

今日は、テリー・ライリーの誕生日。88歳おめでとうございます。8が二つも並ぶとは、めでたいですね。米寿ですよ。ここ数日、本当に本人?いまだにフォローしていいのか、まだ、戸惑っている。恐縮しながらフォローします。

昨日、ふと、教授のことを思い出していて、もう書いてもよいのかなぁと書くことにした。

教授を知るきっかけとなったのは、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画『シェルタリング・スカイ』でした。映画館の名前を忘れてしまいました。不確かですが、文芸座だったような。そこにぶらっと、立ち寄り観たのが、その映画でした。観終わった後に、長い旅路を終えた、1人の人生を一つ終えたような気分で、椅子から立てず、ぼんやりしてしまいました。映画館の方も、いいよ、座ってて、と、言ってくださって、2回目の上映が始められてしまった。当時、10代だった私には、刺激の強すぎる映画でした。

その映画の最後に原作者のポール・ボールズがボソボソっと言います。

「人は自分の死を予告できずー/人生を尽きぬ泉だと思う/だがすべての物事は数回 起こるか起こらないか/自分の人生を左右したと思えるほどー/大切な子供の頃の思い出もー/あと何回 心に浮かべるか/4〜5回 思い出すのがせいぜいだ/あと何回 満月を眺めるのか/せいぜい20回/だが人は 無限の機会があると思う」

帰り道、ため息をつき歩いた。
街並みは、いつもの雑踏のはずなのですが、一言も話したことがない人たちの歩く道で、なんでか、水分を多く含んだ風になまめかしさを感じていた。 

満月を、確かにそんなに見る回数は、多くないかもな、と、呑気に思いつつ、映画館を出た頃、月が出る頃で、それからの私は、気がつけは、明日も仕事かあ、と、夕方に一度は、空を眺めて月を見上げるようになった。

教授が亡くなってから、いろんなことが重なり、しばらく何も出来なかったのですが、最近ではようやく本を手にして読める余力が出てきました。音楽のおかげです。

「僕はあと何回、満月を見るだろう」
って、もしかして、ボールズなんですか?

と、聞いたところで、返事はないとわかっているが、確かめたく最近出版された教授の本を手にした。

冒頭、ベルトリッチとボールズに触れておられ、ほっとした。解釈は間違っていなかったようだと思いたい。

『戦場のメリークリスマス』や『ラスト・エンペラー』の音楽は、わかりやすく華やかな賞を受賞しており、見聴きしている方も多いかもしれませんが、坂本龍一といえば、私にとっては、『シェルタリング・スカイ』です。ベルトリッチの監督名や原作者のボールズのことは、初見の頃はまるで気にしないで観ていましたが、同じことは二度ない、起こるか起こらないかの出来事の一つだったと思います。人を正直にさせてくれる音楽の前では正直でいたいと思う。橋本秀幸さんの音楽はそうかなぁと最近、聴いています。

時々、これは、教授も感じた痛みかもしれないと思うことがある。

映画を観る前に、教授のラジオは聴いていて、とにかく新しい曲に熱にほどされていました。最近も、時々、熱を帯びた演奏や湧き立つ音楽を聴くと若さって無防備だな、と思いつつも、その続きを聴きたくなる。

教授に送ったテープを聴いてくださったことを数年経ってから知りました。まめな方ですね。たくさんの音源が送られているはずなのに。その後、さらに時が経ち、映画作りに携わることになるとは思いもしません。もしかしたら、『シェルタリング・スカイ』がはじまりだったのかもしれません。

教授の人生の終わり間際に、またオムライスや音楽を楽しめる時間を持てるようになってよかったと思う。

人生は短かい。ほんとうに。
芸術を語れる程の何かはありませんが、
芸術は永く、そして、尊い時間、と、思う。
教授、痛いのお疲れ様でした。そして、ありがとうございます。

ドビュッシーは、まだまだ聴いてみたいし、
松丸契って何だか、わけのわからぬ、すごい光を放っている音楽家も生きてることだし、

わたしはもう少し音楽を楽しんでみようと思います。



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