【短編小説】幸福の勇気#11
以前、文学系投稿サイトで発表していた創作物を加筆修正して再掲しています。 以前投稿していたサイトからは削除してあり、現状この作品はnoteのみで発表しています。
前回
高台の豪邸
男は一旦リムジンに戻り、大きな頭陀袋を重そうに引き摺ってきた。
「おーいしょっとっ!!」
男は掛け声とともに頭陀袋の底に手をかけ、勢いをつけて逆さにした。
「わっつ、腰ヤッた!!」
男は頭陀袋のあまりの重さに腰を痛めたようで、腰に手を当ててその場に蹲った。その足元から運転手の頭、勇気の骨に至るまで、男がひっくり返した頭陀袋から散らばった大量の金貨が輝いていた。
「あつつつつ、痛い、腰が痛い。なぁ、あと数日待っててくれよ」
男はそう言って指をぱちんと鳴らした。
リムジンの前から2番目のドアが開き、担架を抱えた白衣の男女が出てきて男をリムジンに運んで行った。
「待ってても何も、俺はどこにも行けないんだ」
運転手の金貨が数枚挟まった唇を使って、勇気はそう言った。
リムジンはエンジンをかけたが、またもや前から2番目のドアが開き、白衣の女がひとりで出てきて降りつもる雪に埋もれそうな金貨を1枚拾って言い訳がましく言った。
「これは腰の治療費ということで」
運転手の唇は動かなかったが、勇気の骨はちょっと震えて「せこいなぁ」と思った。
リムジンは走り去っていった。
あと数日とあいつは言ってたよな。とその時のことを懐かしく思い出しつつ呪わしく思い出しつつ勇気は待った。というか、本人の言う通り動きようがないのでそこに居た。しかし数日というレベルではないだろうこれは。最初のうちは太陽の浮き沈みを数えて日数を気にしていたのだが、そのうちにどうでもよくなった。どうでもよくなった時点ですでに数日は経過していたので、何となく体感的に数週間は経っている。運転手の頭は腐ることも無く、カチコチに凍っていた。
どうせあの男のいう事だ、待ってたって銭になるわけでもないし、どうでもよろしい。
そんな風に勇気が待つことに飽き始めたある日、すっさまじいキャタピラの轟音で寒村を震撼させながら突如、巨大なユンボと数人の薄汚れた労務者たちが現れた。
ユンボは氷の台座の下側深く、雪ごと地面を掘り返し、勇気の骨ごと持ち上げた。その拍子に凍った運転手の頭は転がり、ユンボのキャタピラに轢き潰されてしまった。カチカチに凍っていたその頭は出血することも無くガラスのように砕け、そして砕けたその破片は雪と混じってキラッと光ったがすぐに融けて無くなった。
ユンボは勇気の骨を台座ごと、寒村の全てが見渡せる高台に運んだ。その後をぞろぞろと労務者たちが付いて来ていたのだが、ユンボが頂上に到達する前に彼らは突如走り出した。
先行して高台に到達した労務者共はそこらの木を切り倒し、皮を剥き、削り、裁断してあっという間に3面を壁に囲まれた小さな家を建てた。ユンボに抱えられたままその光景を見下ろしていた勇気の骨は「ち、やっぱり壁は3面かよ」と不満を感じたのだが、運転手の首は融けてしまってそれは言葉にできず、骨は小さくカタカタと音を立てるだけだった。そんな生意気な不満を聴きながら、ユンボは勇気の骨と氷の台座をその小さな家にそっと下した。すぐに労務者たちが集ってきて屋根を組み上げた。
「お」
勇気は生まれて初めての優越感に浸った。小さいとはいえ、壁が3面しかないとはいえ、自分だけの家ができた。寒村特有の冷たい風が家に入っては抜けていく。壁が3面しかない小さな家はしかしそれでも、吹きすさぶ吹雪の真っ只中にぽつねんと置いて行かれるよりはずっと暖かで、なにより屋根がある。もう勇気の骨に雪が降りつもることはない。
雪の積もらない家をめざして、中年の女が長い黒髪で雪上に轍を刻みながら歩いて来る。この村の住人としてはかなりの若者と言えるとは言ってもおそらく30歳代後半の女。巨大なユンボも薄汚れた労務者たちも全く眼中に無く、ただ一心に勇気の家をめがけて、歩いて来た。
(…to be continued)
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