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巨人の家 6

前回

 第6部 夢

 それからのことについてお話しましょう。


 巨人の家に忍び込んだ私と音吉は模型の人形や家屋を製造する機械を見つけた後、知らない巨人達に目撃され、ばらばらに霧の中を一目散に走って逃げました。暫くして、音吉と合流したものの、霧が晴れるとそこはいつのまにか巨人の家の中では無く、目の前に広大な大地が広がっていました。しかし、そこは・・・

(見渡す限りの平原。大地が延々と広がり続いています。それは地平線までずっと広がっていて、地平線は地球の丸さを表す様に、緩やかな円を描いていました)

(左右何百里にも渡って真っ直ぐに伸びる長い長い断崖絶壁!その淵に私達は立って居たのです)

(段々と霧が晴れ渡り、眼下には灰色の砂に埋もれた瓦礫の街が、延々と広がっていました)

「廃墟だ」
 音吉は再び、同じ言葉を繰り返しました。
 生暖かい風が私の頬をひゅるりと撫でて行きます。
 私達は呆然とその場に立ち尽くしていました。その風景、光景は私達の目に焼き付いて、永遠に忘れられない、それほど、強烈で印象的な世界でした。

「音吉さん、これは、一体、何なのでしょう」
 私の声はまだ震えていました。
「見たところかなり古い都市の様だが、かなり文明は発達してたんだろうな」
「何故、こんな事に……?」
 音吉は少し間を置いて、
「おそらく、あの山」と、左奥の遠くを指差しました。
「山裾が、あちらとこちらに別れて、真ん中辺りが無くなっているだろう」
 私はそちらを見ましたが、低い山が幾重にも連なっているだけで、よく解りません。
「多分、噴火があったんだ」
「噴火?」
「ああ、その時の火砕流や流れ出した溶岩、火山灰などで、ここら一面が埋め尽くされた。そうとしか思えない。これはその灰に埋もれた古代都市の残骸だ」
「灰に埋もれた古代都市……、それは、巨人達と関係あるのでしょうか?」
「関係があるとしたら、巨人達の先祖だろう。多くの人の生命を奪った筈だ。とすると、今の巨人達はそれらの生き残りという事になるな。それから、この断崖絶壁もその時の地殻変動によるものだろう」
「この崖の下に降りて行く道はどこかにあるでしょうか?」
「いや、それは分からない。ざっと見渡した限りでは、そんなものどこにも無いな」
 私達は辺りを見回しました。崖の上にも道無き白い大地が連なっていました、

「まずい、また霧が出て来た」
 音吉が気付いてそう言いました。
「見てみろ、あそこが巨人の家だ」
 音吉の指差す方向を私は振り向いて仰ぎ見ました。
 崖に向かって立っていた私達のはるか後方、すでに少し霧が出て来た所、雲海の上に黒いものがかすかに見えます。ここから距離にしてかなり先でしたが、歩いて行けない距離ではない。
「戻ろう」
 そう言って音吉は歩き始めます。私の腕を掴んだままです。まだ私の足はガクガクと膝が震えていましたが、音吉に凭れ掛かる様に歩を進めました。
 巨人の家と思われる建物は屋根の上に塔みたいなものが立っていました。展望台かも知れません。すでに霧が薄く立ち込めているその上に黒い塔の先端が見えています。その姿は威風堂々として威厳を兼ね備えていました。同時に不気味でもありました。
 しかし、私達はその塔のある家に戻らなければ他に行き場が有りません。道は閉ざされてしまったのです。
 来た時はどこをどう通って来たのか、今ではさっぱり思い出せませんが、今度は塔という目印を目指して真っ直ぐに私達は離れずに一緒に歩いて行きました。
 少しずつ塔に近付いて、段々と家の全体像が現れて来ました。家と言うよりその姿そのものが私には巨人に見えてしまい、更なる恐怖が私を包みました。
「もう上は見るな。足元を確かめて歩け、そろそろ館に着く」
 地面は砂地だった所が徐々に確かな踏み石に変化し、館の一階部分に辿り着きました。もうそこから直接、巨人の家の内部へと連なっています。扉は開け放たれていました。そこは『向こう側の空間』と私達が呼んでいる場所です。しかし、そこからどう進めば、受け渡しの部屋に続いているのか、内部は行く手を阻む様に白い霧が漂っています。
 その空間に入り込もうとするのを音吉が止めました。
「待て、家の中に入らなくても、外の壁伝いに行けば表側に回り込めるんじゃないか? その方が安全だし、道に迷わないだろう」
 そうか、そうだ、その方が見つかる可能性も低く、確実に表側に辿り着ける。
「そうしましょう。それがいい」
 私と音吉は巨人の家の黒い壁伝いに沿って、細い軒下を進んで行きました。周りは鬱蒼とした樹木に囲まれています。シダ類と言いましょうか、その樹木は蔦が複雑に絡み合っていて、まるで密林でした。もしも中に入ってしまったら無数の蔦が身体に絡み付き、身動き取れなくなってしまいそうな、そんな恐怖に襲われます。しかもかなり深い霧が辺りを包んでいます。
 私達は右手を家の壁にあてがってひたすら前に進みました。巨人の家の構造はどうなっているのでしょう。壁は真っ直ぐな所は殆ど無く、曲がりくねって、斜めに進んだかと思うと、今度は鋭角に折れ曲がり、急に段差があったり石段や土の壁を登ったり、または下ったりしました。
 この壁の上には塔があるのかと見上げてみましたが、そこからは平面、時には凸凹した黒い壁が綴れ織りの様に帯重なって遥か上方に伸びているだけでその先は何も見えません。
「出たぞ」
 音吉の言葉に釣られ、肩越しに前方を見ると、そこは霧が晴れて遠くの山が遥かに見渡せる場所でした。
 壁はそこで終わり、建物の表側に辿り着いたみたいです。角から建物の前面部を見ますと、いつもの見慣れた巨人の家の玄関扉があります。
 私は心の中で喝采をあげました。やった!やっと出られた。村に帰れる。そう確信しました。
 しかし、音吉は、何だか不思議そうな顔をして首を傾げます。
「どうかしましたか?」
「いや、なんか、おかしい。変な気がする」
「え? 何がですか?」
 巨人の家はいつも通りです。
 家の前は林で遮られているため、そこからは村を見渡すことは出来ません。岩肌の所まで行かないとここからは何も見渡せません。
「やけに空気が静かだ」
 音吉は不安な声を出しました。
「とりあえず、岩肌の所まで行ってみましょう」
 私は一刻も早く池の畔の小屋に戻りたかったのです。そして眠りたい。もう身も心もくたくたでしたから。
 私と音吉は木々の隙間の小径を通り、岩肌の所へ出ました。
 そして、それを見たのでした。

 村は無かったのです。

 土埃の舞う赤茶けた砂漠の様な荒野が一面に広がるばかりです。
 道路も家も人も電車もない、ただの荒野。それでも私達は目の錯覚かと思い、山を下って行きました。滝も無く、神社も無い、池も無ければ小屋も無い。赤茶けた土埃だけが風に舞い、ただの荒野が広がる土地でした。
 赤土を手に取り、絶望した私は何かが込み上げ、絶叫してしまいました。掌からさらさらと赤土が溢れて風に飛んでしまいます。
「村は、村は、どこに行ったのですか? ここはどこなんです!」
 私はそう言って音吉に詰め寄りました。音吉でさえ何も分からず呆然と立ち尽くしているのに、ただただ、私は泣き叫んで音吉の胸に顔を埋めました。
 その頃から私の意識は随分と朦朧となっていた気がします。

 それからどうしたでしょう。仕方なく私達はまた山を登り巨人の家に向かいました。
 音吉は足のどこかを痛めたのか、随分歩きづらい格好で苦痛に顔を歪め、何も喋らなくなりました。
 それでもなんとか巨人の家の玄関前まで戻りました。中に入ってみるしか、他に道は有りません。私はいつもの様に木の扉を叩きました。
 しかし、玄関の扉は何度叩いてもピクリとも動きません。ギギギギィと大きな軋み音を立てて開く筈の扉がびくとも動かないのです。
 私達は再び家の外壁沿いに沿って、館の裏側に回り込みました。
 今度は建物の中に入ります。迷わない様に内側の壁に沿って家の中を進みました。
 家の中は外と繋がっていてかなりの霧が入り込んでいます。上空の四方向から相変わらずの光が差し込んでいます。でもここは巨人の家の内部に間違いありません。どこかの部屋へでも辿り着ければ良いのですが……。
 暫く進んで行くと、やがて壁に突き当たりました。どうやら部屋の様です。
 引き戸がありました。そっと引いてみます。静かに戸は開きました。
 部屋の中には寝台が二つ並んでいました。布団も枕も揃っています。巨人の姿は有りません。
 もしやここは、以前私が倒れて寝かされていた部屋かも知れません。壁や天井が似ています。
 私はほっとして脱力し、ふらふらと奥の寝台に倒れ込みました。
 音吉が何か言ったかも知れません。
 でもその時の私はもう限界で、物が二重に見え、音吉の姿がゆらゆら揺れていました。物音はどこか遠くでぐわんぐわんと音を立てて響いていました。
 白いシーツ、洗濯仕立てのいい香り、柔らかい布団、私の記憶はそこで途絶えてしまいました。



 深い、深い眠り。
 まるで、母親の体内で睡る胎児の様に、止まった時間、繰り返す呼吸、考える事を停止した脳、疲労した筋肉は動きを停止し、必要なだけ酸素を取り込む。
 これだけの深い眠りをかつて味わった事があるだろうか? 長い時間を掛け、私の身体は睡眠を貪り尽くしました。
 やがて、どこかでさざなみが起こり、小舟はそれに揺られて流されて、ゆらり、ゆらり、揺られて沖から浅瀬に向かいます。深淵の彼方から、明かりの差す方へ少しずつ小舟は向かい、徐々に意識が覚醒し始めました。
 薄明かり、冷たい床、硬い無機質な壁、どろりとした膜が意識を覆い、散らばった映像が集まっては消え、何度もまどろむ。そんな事を繰り返し、ぼやけた風景が徐々に形を繋げて、遂に私は目を覚ましました。
 私の目に見えたのは、薄暗い空間、天井から一つの明かり、硬い壁、金属の引き戸。
 ここは……?
 長い通路の先に木の玄関扉がありました。
 私が起き上がった場所は巨人の家、玄関を過ぎて長い通路のその先、報告書と指示書を受け渡しする部屋の外側、金属の引き戸の前で横たわっていたのです。
 何故、こんなところに?
 頭の中をいろいろな事柄が駆け巡りました。
 辺りを見回しても誰もいません。
 私はこれまでの出来事を一つ一つ順を追って思い返してみました。
 巨人の家に音吉と一緒に忍び込み……、機械の部屋を見つけ、作り出される模型の人形や家屋の部品、突然現れた知らない巨人、逃げる私達。霧の中、孤独の彷徨い、音吉との再会、霧が晴れ、そこで見たもの、果てしない大地、広がる地平線、延々と続く断崖絶壁(落ちる寸前で助けられました)、振り向くと霧の上に黒い塔、岩肌から見えた赤土の荒野、消えた村……、それから……、
 そうだ、館に戻り、寝台のある部屋に辿り着いた。そして、そこで眠りに堕ちてしまったのです。
 それが、どうして、この引き戸の所で目を覚ましたのか?
 それに、私一人です。音吉は? 音吉はどこにいるのでしょう? 
 私は混乱しました。

 私はそうだと突然に思い立ち、金属の引き戸に右手をあてがいました。いつもならそれで引き戸が開いて部屋に入れます。
 けれど、引き戸はぴくとも動きません。何度やっても同じです。
 仕方なく、それは諦めて、通路を通り玄関扉に向かいました。私が近付くと扉は開いて外の光が見えました。いつもと同じ具合です。
 私が外へ出ると扉はバタンと閉まりました。
 振り返ってもう一度扉を叩いてみようと一瞬思いましたが、それよりも私は、村の様子が気になって仕方なく、木々の隙間の小径を降り、岩肌の所に向かいました。
 岩肌の所に辿り着いた私はそこで、村の景色を確認し、ヘナヘナと座り込みました。
 村はある。
 川が流れ、道が有り、家々の屋根が連なります。東の集落、西の集落、南の町、大通りにはバスが走り人が行き交い、電車が駅を出て走り出して行きました。私は嬉しくなって急いで山を降りました。
 滝がありました。神社もあります。池もあります。小屋が見えました。
 もしかしたら、もしかしたら、音吉は既に帰って来ているのじゃないかと、そんな気持ちがして、飛び込む様に、小屋の中に入りました。
 けれど、小屋の中は、出掛けたままの状態で、ガランとして、静まり返っています。
「音吉さ〜ん」
 私は辺りに向かって何度も叫んでみました。
 どこからも何の返事はありません。
 やはり音吉は居ませんでした。
 あれから何日が経ったのでしょう?
 誰もいない小屋は暦も以前のままです。
 小屋の周囲を私は詳細に見てまわりましたが、出掛けた時とそんなに変わった様子は見られませんでした。裏の畑や草花も出掛ける前とほぼ同じ状態です。
 私は小屋の中に戻り、暫しの間、呆けた様にその場に座り込みました。
 けれども、いつまで経っても音吉は帰って来ませんでした。
 音吉が巨人の家に忍び込んだのは事実です。そして、音吉は戻って来ない。
 私は小屋の中に倒れ込んで悶々としました。あの廃墟や断崖絶壁、赤土の荒野など、あれはみんな現実の世界だったのでしょうか?
 金属の引き戸が閉まる瞬間、白布を被った音吉が部屋の中に入り込んだ所をはっきりと思い出します。でも、その後は……、その後の事は……、
 あの時その場に倒れ込んで昏睡してしまったのでしょうか? 
 それならば全てが夢だったと言う事になる。
 まさかそんな、まさか、まさか、でした。


 それから二、三日、私は音吉の帰りを待ちました。しかし、音吉は戻りません。
 村……と言うより、今は町ですが、そちらに出掛けても見ました。
 一人でバスに乗って途中で降りて川沿いの大通りを歩いて、行き交う人並みの中に知ってる顔がいないかと彷徨ってみたのですが、町を行く人達、その群衆は、私の知らない人達の群れです。誰も私に目もくれません。
 南の町はビルが立ち並び、都会の様でした。背広姿の社会人が忙しく歩き回り、世界は私の知らない所で動き続けています。電車は今日も無表情に走って行きました。

 孤独でした。
 限り無く孤独を感じました。
 連絡係が人と話して交流を持ってはならない、そんな決まり事は今も続いているのでしょうか。
 町中で人混みの中を歩くのも、深い霧の中を一人で歩いているのと、そんなに変わり無いと、その時の私は感じました。

 三日経っても四日経っても、音吉は帰って来ませんでした。
 私はとうとう我慢が出来なくなって、もう一度巨人の家へ行ってみようと決意して、準備を整えました。野菜をいくつか、草花も少し、報告書は……、特に書く事も無かったので、たった一言、調査員の音吉が行方不明になったとだけ書きました。
 それらをリュックに詰め込んで、山に向かいました。
 果たして、レドやグリンは数日前の私と音吉の行動を知っているのでしょうか。
 私だけが何故、引き戸の所で眠っていたのでしょう。
 考えれば、考える程、謎だらけで、何をどう切り出せば良いのかも判らないまま、とりあえず、止むに止まれず、巨人の家に向かいました。

 岩肌を超え、村の存在を確認して、木々の小径を登ります。巨人の家はいつもと同じ、その黒々とした要塞は青空の下に聳え立っていました。こちらからは屋根の上にあると思われる塔の部分を見る事が出来ません。
 表玄関の扉を恐る恐る私は、それでも力一杯に拳を叩きつけました。
 ギギギギィと音がして扉は開きました。
 私はホッとため息を吐いて中に入り込みます。
 いつも通りの手順を踏み、金属の引き戸の所まで来ました。私は辺りの様子を伺ってみましたが、特に何も無い空間です。
 右手を金属の引き手に押し当てると、静かにそれは開きました。
 薄く霧の立ち込めた部屋に入ります。
 野菜や草花を置く長テーブル、それに荷物を置きます。周囲やテーブルの下を覗いて見ましたが、音吉の姿は有りません。
 『向こう側の世界』からの戸が開いてレドが現れました。
「ハイ、ユーゴ、ご機嫌いかがですか?」
 レドはいつもの白衣姿ではなく、赤いワンピースの様な服装をしていました。白い霧の中ではそれが浮き立ってとても印象的な姿です。
「おはようございます。レド、今日はいつもと違う衣装ですね。よくお似合いです」
「ありがとうございます。これが私のカラーです」
「カラー? ああ色の事ですね」
 私達は籐の椅子に腰掛け丸テーブルを挟んで向かい合いました。
 私は報告書を差し出しました。レドはそれを手に取り、私の書いた文書を読みました。
「そうですか、音吉さんが……」
「はい、何か心当たりはありませんか?」
「心当たりはありませんが……、音吉の役割は間もなく終わるとは聞きました」
 役割は終わる?
「それは、音吉さんが消えてしまうという意味ですか?」
 私を見て、レドは少し複雑な表情を浮かべました。
「消えるという表現が正しいのかどうかは分かりません。私はまだその辺については日が浅いので、深い部分までお答えする事は出来ませんが、年数を重ねた古い細胞は劣化してやがて動けなくなる。だから新しい細胞に変える必要があるとは聞いています。音吉は長年の務めで細胞が劣化してしまっていたのは事実です」
 細胞、劣化……、そんな事を言われても……、
「それでは、私はもう音吉さんに会えないのですか?」
 私は必死になって訴えました。
 レドはその質問には答えてはくれませんでした。
 もう一度、せめて、もう一度、音吉に会いたい。
 それに音吉はどこに行ったのか?
「それに、あの、誰が生まれ、誰が終わる、なんていつどこで、誰が、どうやって決めているのですか?」
 レドは慎重に言葉を選んで答えました。
「街の住人については、全てコンピュータて管理をしています。我々はそこから出されたデータに基づいて役割を与えたり変更したりしているのです」
 私は初めて聞く言葉に戸惑いました。
 暫く、私達は言葉もなく、黙り込みました。
「レド、あなたには隠さずにお話します。実は前回、ここに来た時……」
 そうして、私はあの日、音吉と共に館の内部に忍び込んだ事、そこで見た事、体験した事、全てを話しました。
 レドは時々驚いた表情を見せて、最後まで黙って聞いていてくれました。
 話し終わった私にレドは訊きました。
「ユーゴひとりが、そこの入口のドアの向こうに寝かされていたのですね」
「はい、そうです。音吉はそれきり姿が見えません」
 レドは少し戸惑いの色を浮かべました。
「ちょっとその件は、私の知らない事ですので、ユーゴ少しここで待っていてください。とりあえず、上の者に話を聞いてみます。良いですか?」
「はい、構いません」
 私はある程度、覚悟を決めました。巨人の怒りに触れてしまったとしても、仕方がない。

 暫くの間、私は一人で待ちました。
 レドが出て行った『向こう側の空間』へのドアが開け放たれたままでした。
 今なら、もう一度、向こう側の空間へ飛び出して行けるのじゃないかと、そんな誘惑が私を襲いました。もしかしたら音吉を探し出せるかも知れない。
 どうしようかと腰を浮かして、逡巡していると、人の足音が聴こえて来ました。少しの躊躇いが行動を遅らせるのです。
 ドアの向こうから、レドに続いて現れたのは、やはりグリンでした。

「やあ、勇吾、調子はどうですか?」
 グリンは相変わらず、いつもの落ち着いた佇まいです。
「はい、あの、話は、聞いて頂けましたか?」
 私は挨拶もそこそこに、そう切り出してみました。
「ええ、音吉がいなくなったそうですね」
「はい、音吉さんは、消えてしまったのですか?」
 グリンもまた、私のその問いには確かな答えを返さない様でした。
「その可能性もあります」
 可能性……?
「音吉さんはこの家の中に忍び込んだのです。私も後に着いて行きました。それについては、勝手な事をしてしまい申し訳有りません。謝罪します。でも、目が覚めたら音吉さんが居なくなっていたのです。小屋にも帰って来ません。だから、今もまだこの館のどこかにいる筈です。探してください。お願いします」
 私は必死になって訴えました。
 でも、グリンは難しい顔付きをしています。
「勇吾、それは本当にあった出来事ですか?」
「えっ? 嘘など吐いていません。全て本当の事です。見た事、体験した事も全部本当です」

 グリンは私をじっと見詰めました。
「勇吾はあのドアの外側で目を覚ましたのですね」
「そうです。本当は向こうの空間にあるどこかの部屋の寝台で眠っていた筈なんです。それが……」
「目が覚めたら外のドアの向こうにいた、と……」
「そうです。そして、そこに音吉さんはいなかった。だから、今も中に……」
 私は尚も事情を繰り返し説明しました。
 けれど……、
 グリンは深い緑の瞳で私を見詰めて、こう言いました。

「勇吾、あなたは夢を見ていたのです」

 私は、愕然として言葉を失い、立ち尽くしてしまいました。



つづく
またいつか……



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