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贈り物

贈り物

私は8歳の時、両親を亡くした
突然の事故死だった。
たった一人残された私は
伯母さんの家に引き取られた

伯母さんは良い人で
何不自由ない生活を私に与えてくれた
子供は二人いたが、分け隔てなく
接してくれていたと思う。

けれど私は両親を亡くした悲しみと
住み慣れた家と町を離れた事で
その家にも新しい町にも
馴染めずにいた

学校でも殆ど友達を作らず
家に帰って来ると
ずっと部屋に閉じこもったきりでいた。

夜になると自然に涙が溢れ
僅かしかない両親との思い出に
浸るばかりであった。

あれは5歳の誕生日
母は可愛い赤い靴を買ってくれた
父はおもちゃの腕時計を
プレゼントしてくれた。
当時流行っていたアニメキャラクターが描かれた女の子らしいピンク色のやつだ。
赤い靴を履いてその腕時計を着けて
私はとても幸せな気分に包まれていた。

母の笑顔と父の笑い声は今でも私の脳裏に蘇る。

赤い靴は私のお気に入りだったが、
一年もすれば私の足には小さくなり
以後は箱に入れて宝物にしていた
小さくなった赤い靴とピンクの腕時計

そんな大切にしていた宝物さえ
あの事故と慌ただしい引越しの際に
何処かへ消えてしまったのだ。

中学生、高校生と私は変わらず
いつもポツンと一人でいる
寂しい少女のままで過ごした。

高校を卒業した私に
伯母は大学進学を勧めてくれた。
だけど私はそれを頑なに拒否した。

伯母を嫌っていた訳ではない
むしろ最大限の感謝の気持ちを
常に持ち続けていた。
それだけに、もう伯母の世話にはならず
自分自身の力で生きて行こうと決めたのだ。
18歳
私は伯母の家を出て
小さい頃両親と暮らした町へ
再び戻る事にした。
もうそこには父も母もあの家さえもないのだけれど
10年振りに見るその町の光景は
懐かしくもあったが、どこか違って見えた。

小さなアパートを借り
近くのスーパーで店員として働き始めた。
初めての仕事、初めての大人の社会
それまで殆ど人と触れ合わず生活して来た私にとって
決して楽な環境ではなかった。

小さなミスばかり何度も繰り返し
最初は庇ってくれてた人も
やがては私を無視し始めた。

やはり何処にいても私は孤独を感じた。
何処にも居場所を見出せず
次第に仕事も休みがちになってしまった。

お金は殆ど底をつき、毎日水ばかり飲んで過ごした。
このままでは家賃滞納でアパートも追い出される事は間違いない
何度伯母の家に帰ろうかと思ったが、
私はそれをしなかった。

このまま死んでしまおう
私が選んだのは、その結論だった。
包丁を持ち出し手首に当ててはみたが
勇気も力もない私には
ためらい傷を作るのが精一杯だった。

それならば首を吊ろう
私は引越しした時に荷物を縛ったロープを
部屋の隅から持ち出し
テーブルの上に乗り、天井の敷居にかけ、
それを自分の首に結び付けた。
そして、意を決して
そこから、
飛び降りた。


激しい痛みと苦しさに喘いで目を覚ましたのは、
それからどれ位の時間が経った後だったのだろう。

私は床に倒れた状態で目を覚ました。

暫く呆然としていた私の目に
一つの白い箱が見えた。
ロープを取り出したときに、一緒にくっ付いて落ちて来たのだろうか
私はそっと手を伸ばしてその箱を手繰り寄せた。

何が入っているのか?
ゆっくりとふたを開けてみた。

中には

赤い靴とピンクの腕時計が入っていた。
あの時のものではない、大人用だ。
靴は私の足にぴったりのサイズだ。
腕時計も嵌めてみた。
それは私の傷跡を隠すように私の手首に収まった。

まるで夢の様だ。
一体、これは誰が・・
ふと見ると、箱の中に小さなメッセージカードが添えられていた。
手に取って開いてみる。
そこには
懐かしい母の文字で

この靴は魔法の靴、あなたを幸福に導いてくれるもの。
この時計はあなたの歴史を刻むもの。
そして、それはまだ動き始めたばかり


そう書かれてあった。


死ぬ事を思い止めた私は、
次の日、仕事に向かった。
赤い靴を履き腕にはピンクの腕時計

外の空気を私は初めて吸った様な気がした。
空には遠く美しい青空が広がって見えた。

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