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多様な選択肢=生きやすい?

こんにちはさきしまです。

今日はちょっと前にツイートしたことについて、もう少し詳しく整理したくなったので文章にしてみようと思います。

一言でまとめると「現代、良さそうな選択肢ありすぎて辛い問題」です!
それではいきましょー!

多様性な選択肢=良い!というイメージですけど…

「多様な選択肢」っていい意味で使われること多いですよね。

多様な選択肢のある人生
それぞれが自分に合ったものを選び、個性的に生きられる

確かに多くの選択肢は自由を生み、多くの可能性を広げます。
全く持って間違いではないと思うのですが、
ではあればあるほど良いのかなと思うとそうでもない気がします。

当り前ながら僕たちは全ての選択肢を試せるわけでないので、どこかで必ず「選ぶ」という行動をしなければいけません。
世の中に準備された多くの選択肢から、比較しながら自分に合うものを選ばなければなりません。

そんな時、「これだけたくさんの選択肢を準備してるのだから、最善のものを選べるよね?」という何処からとないプレッシャーを感じる時が僕はあります。
#皆さんはありませんか

どの選択肢も良さそうに見えるし、どれを選んでも楽しそうに思える。
ハッキリとした正解はなく、どの選択肢もタイミングや状況によっては自分にとっての正解になりうる。

ゆえに選ぶための作業がとても大変、そしてその中で選んだものには責任が生じる。

多すぎる選択肢は、自由を与えられる一方で自分の判断力が試される気がします。

(答えが決まっていることが多い学生時代のルールとは全く違う生き方が求められるのが、現代の多様性の時代です。)

ジャム理論

よく聞く「ジャム理論」というのは、その辛さに関係する理論だと思います。

とあるスーパーでの実験
・24種類のジャムコーナー
・6種類のジャムコーナー
・1種類のみジャムコーナー
上記の中では6種類のジャムコーナー方がよく売れるというマーケティングの話です。
24種類の中から1つのジャムを選ぶのが疲れてしまい、購入を諦めてしまいます。
また1種類のみのでも選んだものに納得感が出ない為に購入しません。
6種類の中から自分で選ぶというのが選ぶ大変さもなく、納得感が高いという理論です。

近い話で飲食店でメニューを下げる理由も、机の上を広くする以外に、選んだものへの納得感を高めて、他の選択肢と比較して後悔させない為だと聞いたこともあります。

どちらの話もたくさんの選択肢が必ずしも満足を生むわけではない、適度な選択肢が満足感が高いよ!という話です。

多様性と現代の生きずらさ

今の時代は昔の人からすればとても恵まれているように思うでしょう。
たくさんの選択肢に囲まれていて、自由に選べる。

でもその自由の半面、自己責任は大きくなっています。
選ばないものを選ぶ作業が大変になっています。
比較作業が増えてしまっています。

そんな苦労無くする為には、必要なものを選ぶというセンサーよりも、不要なものに反応しない自分軸センサーが重要なのだと思います。

たくさんの選択肢から、サッと自分に合うものを選べる。
そんな軽やかな人間になりたいと思う日曜日でした。

それではまたー!
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