アメリカの美大で学んだ、デザインへの向き合い方【授業編】
先日ふと思い立ち、大学時代のデータを見返していたら改めて勉強になることが多かったので、振り返りも兼ねてnoteを書いてみたいと思います。
アメリカ・ミシガン州にある美大での4年間
生まれ育った兵庫で高校を卒業した後、アメリカのミシガン州、Grand Rapidsという小さな街にある美大で、4年間学生生活を送っていました。
通っていた大学は Kendall College of Art and Design of Ferris State University という4年制の美術大学で、グラフィックデザインを専攻していました。
アメリカでも特に有名な大学ではないので、日本での認知度はほぼないに等しいかもしれません。
画像:Kendall College of Art and Design
主な授業
実際に使っていた大学時代の教科書一部。
あくまで私が通っていた大学の一例なので、「アメリカの美大はこう」という訳ではもちろんありませんが、私が実際に受講していた授業の一例を紹介してみます。
▼ 実技メインの "Studio Class" 一例
・Design and Color:デザイン論と色彩学基礎
・Intro to Graphic Design:デジタルツールを使わないグラフィック制作
・Design Drawing Ⅰ / Ⅱ:デザインに最低限必要なスケッチ技法
・Digital Prepress:正しい画像処理の方法
・Packaging Design:コンセプト設計からパッケージデザイン制作を学ぶ
・Advertising Design:広告デザインを様々な課題を通して制作
・Branding Ⅰ / Ⅱ:「ブランドとは?」を課題を通して学ぶ
・Publication Design:レイアウトや製本を学び、実際に数冊の本を制作
・Study Abroad:イタリアで1ヶ月、現地のデザイン学校での授業
...etc
教授/准教授は全員過去にデザイナーの経験がある方ばかりで、どの授業も実際の業界の話も交えながらの講義はとてもおもしろかったです。
また、全体を通して、アウトプットの完成度より、プロセスに重きが置かれていて、「どのようなアプローチで課題を解決していくか?」が重視された評価がメインでした。
どれだけ素晴らしいビジュアルの課題を仕上げても、途中の評価会に参加していなかったり、完成までのプロセスがきちんとプレゼンできていないと、容赦なく低評価がつけられることもあります。
▼ 講義メインの "General Education" 一例
・Art History Ⅰ / Ⅱ:古代から現代に至るまでの美術史
・Writing Rhetric:論文の書き方〜就職に必要なCover Letterの書き方等
・Public Speaking:プレゼン技法や、要点の伝え方
・Math in Art and Design:アート/デザインにおける数学
・Sociology:社会学の基本
・Introduction to Buddhism:仏教入門と、関連する文化について
・Jazz 101:ジャズ理論入門(近郊の大学で受けていました)
・Human Sexuality:人間のセクシュアリティについて
...etc
英語が母国語ではない分、他のクラスメイトの2倍予習復習をして、講義に臨むようにしていました。
それでも美術史の授業や、論文が必要な授業はかなり難易度が高かったのですが、どの教授も本当に優しく、丁寧に、理解するまでとことん時間をとって教えてくれました。美術大学ということもあり、それほど人数は多くなかったので、教授と生徒の距離がとても近かったため、特に言語にハンデがある私のような留学生には、いつも気を気を使ってくれていました。
正直大学に入学するまで、勉強が楽しいと思ったことはほとんどなかったのですが、それまで興味がなかった歴史の勉強も、どの教授もとっても熱心に、情熱を持って教えてくれたため、初めて学ぶことの楽しさに気づけたのも、この大学で学べたからだと思います。
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思い入れの多い授業ばかりですが、その中でも特に、デザインへの向き合い方や、今私がデザイナーとして働く上で、今でも大事にしている気付きを与えてくれた授業を4つ紹介してみたいと思います。
🖋 Typography Ⅰ / タイポグラフィ 1
タイポグラフィはグラフィックデザインにおいて非常に重要な要素なので、3セメスターに分けて授業がありました。
Typography Ⅰ では様々な課題を通してタイポグラフィーに慣れ親しむことから始まり、Ⅱ では実践的なインフォグラフィックや冊子のデザイン、Ⅲ ではコンセプチュアルな表現に挑戦する、といった3セメスターにわたる授業でした。
初期の課題の一例として、"Word Expression"では、下記のようなワードリストが配られ、
それぞれの単語が持つ意味を自分なりに表現したグラフィックをつくりまくります(画像は実際に提出した課題の一部)。
この課題に限らずですが、途中で教授・クラスメイト含めた全員でCritique Session(評価会)を行います。
1つの言葉でも人によって表現の仕方が多岐にわたり、「そのやり方があったか!」と感心するようなワークに出会うことも多く、最終の成果物だけでなくクラスメイトのプロセスを学べたことは、今でも大きな財産の一つになりました。
また、別の課題では、決められた文章を何十パターンものレイアウトを組んでみる、といったものがありました。
一見良さそうなものがいくつかできたので、教授に見せに行くと、
「この文章ちゃんと読んだ?」
と聞かれ、ハッとしたことがありました。
そのときは「一見良さそうなもの」を作ることが目的になっていて、
「文章を読んでもらうためにデザインする」という最も重要な目的を見失っていたのです。
自分がやっていたことは、ただ文字のサイズを変えたり移動させたりしていただけだと気付かされました。
🧠 Concept Development / コンセプトの発展
名前通り、コンセプトを発展させていくプロセスを学ぶ授業です。
「明日までにアイデア100個持ってきて!」で恐れられている教授が担当している授業で、かなりタフな授業でもありました(写真は広告コンセプトのラフの一部)。
震えながらラフを見せにいくと「これがちゃんと考え抜いたアイデア?」と激詰めされることもありましたが、
「あなた達は天才じゃないんだから、まずは量をたくさんこなさないと良いものなんてできるわけがない」
と教えられ、それを身を以て実感した授業でもありました。
このアイデア100本ノックの前の段階で、ターゲットやコアメッセージなどを明確にするクリエイティブブリーフも作成しレビューしてもらうのですが、
それまで「何かしらビジュアルを作ることがデザイナーの仕事」と思い込んでいた私は、「何が課題なのか、何を伝えたいのか、誰に伝えたいのか?」を明確に言語化する難しさと重要さを学びました。
クリエイティブブリーフ含め、かなり実際の仕事のフローに近い実践的な課題が多く、教授は「私のことをクライアントと思ってプレゼンして」と常々言っていました。
当たり前ではあるのですが、この授業で「ツールを使えるようになって、素敵なグラフィックがつくれるだけでは、デザイナーとして生きていけない」と気づかされました。そして今振り返るとその気づきが、デザイナーとしての第一歩を踏み出したタイミングだったのかもしれません。
👩🏫 History of Graphic Design / グラフィックデザイン史
グラフィックデザインの歴史を学ぶ授業です。美術史関連の授業は覚えることも多く、アメリカ人の生徒もヒーヒー言いながら勉強しているぐらい大変で、テスト前は毎度半泣きで勉強していました。しかしその分、得られるものも多かった授業でした。
美術史を学ぶまでは、自分が好きなスタイルのデザインをPinterestやDribbbleだけを見ていたため、おのずとかなり偏った幅でのアウトプットしかできませんでした。
しかし、この授業を受けて、ライフワークで「芸術運動やグラフィックスタイルにインスパイアされた100日間の日記」を毎日Instagramに投稿してみたり、
Thesis(いわゆる卒業制作)では「マカロニチーズのパッケージが〇〇時代のデザイナーによってつくられたら...」のような実験的な作品も作ったりしました。
選り好みせずとにかくたくさんの作品に触れてみることで、「ちょっとポップアート風のイラストが合いそう」「Paula Scherっぽいね」など、インプットにおいても、アウトプットにおいても、自分の引き出しが増えていくことを実感できたのはすごく楽しかったです。
卒業生展示で大きなギャラリーに飾ってもらいました
📒 Portfolio Production / ポートフォリオ制作
最後のセメスターで、みっちりポートフォリオをつくる授業がありました。過去に取り組んだ5〜7作品をピックアップし、教授やクラスメイトのアドバイスを元にリバイスしていく、といった内容です。
4年間の締めくくりとして、完成したポートフォリオを学科の全教授に見せながらプレゼンするイベントが卒業直前にあり、「そこでやらかすと卒業できないよ」と何度も脅されました。
実際にデザイナーとして数々のポートフォリオを見てきた複数の教授が教えてくれることなので、かなり説得力があるアドバイスばかりでした。具体的には...:
作品数は多くても7つまで:
いちばん自分を表現できる作品を慎重に選ぶ。一番自信のあるものを先頭に、二番目に自信のあるものを最後に持ってくる。
文章は極力少なく:
採用する人は時間がない。エッセイみたいな文章を書いても誰も読んでくれない。見て分かることは書かない。逆に見て分からないなら、デザインに問題があるのでは?
モックアップで誤魔化すな:
「なんでもそれっぽく見えるスマホの素材」でごまかしているデザインは絶対NG。友達からは褒められても、採用担当はちゃんと見抜いている。
オンラインプレセンスは重要:
採用担当は、ポートフォリオだけじゃなくSNSもチェックしている。FacebookやInstagramの友達と泥酔してる写真なんかがあれば今すぐ削除したほうがいい。
などなど。デザイナーとして仕事をしていく上で、ポートフォリオはとても重要なので、このとき教えられた考え方やテクニックは、今でもポートフォリオを見直す際は必ず意識するようにしています。
また、Portfolio Productionの授業で特に印象に残っているのは、卒業前のセメスター中間に行われる "Portfolio Review Day" で、実際に業界で活躍するプロから制作途中のポートフォリオに対してアドバイスがもらえるという毎年恒例のイベントでした。
大学近郊で働くデザイナーから、中には教授のコネクションでシカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークなどの大都市から来てくれるプロのデザイナーが集まっていました。
1生徒につき5人ほど(30分ずつ)プレゼンをするのですが、採用目的のイベントではないもののその場でオファーをもらっている生徒もいたりしました。
画像元:Kendall College of Art and Design
このPortfolio Productionの授業に限らず、全体としてかなり卒業後のキャリアを意識して、親身になって相談にのってくれる教授や地域のデザイナーがたくさんいました。
結果私は卒業後、日本に戻り就職したものの、卒業から4年ほど経った今でも連絡を取り合う教授がいるぐらい、生徒のことを第一に考えてくれる教授がたくさんいました。
そして何よりデザインに対して非常に強い情熱があるプロのデザイナーたちのもとで、4年間を過ごせたことは、最も大きな財産の一つとなりました。
つづく...
書き始めるととても懐かしくなり、長くなってしまいましたが長文にお付き合いいただきありがとうございました!
授業に限らず、大学生活の4年間を振り返り始めるとたくさん忘れていたことを思い出したので、授業以外の話も今後書いてみたいと思います。
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