ご挨拶

はじめまして。
自己紹介をするのは、少々、気恥ずかしい気持ちがございますが、記事を見て下さった方に向けて、ご挨拶を申し上げるつもりで、文章を書きます。

幼い頃から、裁縫に熱中することが多く、コツコツと細かい作業をするのが好きでございました。
母親の裁縫箱を自分の物のようにいつも傍に置き、最初は手縫いでアップリケを縫い付けたり、フェルトで簡単なお財布を作ったりしておりましたが、そのうち飽き足らず、子供用のミシンを買ってもらい、見よう見まねで、洋服を作ることができるようになりました。

手先が器用なのだと、親や周囲の人からよく言われておりましたが、そんな頃があったことを、私は、30歳くらいになるまで、すっかり失念していたように思います。

私は小学校4年生から中学校2年生まで不登校でございました。
高校に進学しましたが、1年ほどで中退しました。

普通に歩めなかった学生生活を惜しむ気持ちよりも、長かった学生生活を終えることが出来て、「もう学校に行かなくて良い」という現実に、心底安堵した瞬間でございました。
その気持ちに気づいたときに、「自分はもしかして今までずっと生きづらかったのではないか」と、やっと自覚できたように思います。

「生きづらさ」を自覚しても、今までずっと苛まれてきた言い表せないやるせなさが、自分の努力不足だという思いのもと、仕事に心血を注ぐ道を選びました。
まるで老骨に鞭打つようであったかもしれません。

その選択は、約13年後、双極性障害を発症させ、発達障害ADHDであることを私が知る要因となったように思います。

30歳を迎えた年、他の人より出来ないことは多いけれども、自分の中では少しだけ仕事が上達してきた実感を得ていた時でした。
仕事をするだけで精一杯の毎日が、当たり前のようにこれからもずっと変わらず続いていくことを疑ったことはありませんでしたが、急性の感じたことのない体の不調が、私の動き続ける身体を強制的に止めました。

心身の限界だということを自覚するのに少しの時間を要しましたが、お医者様や周囲の方々に休むことを強く促されるままに、仕事はおろか、今まで私が行ってきた過活動がすべてストップとなりました。

外に出ることも、部屋の中でじっとしていることも、ベッドから起きることすら難儀であった時期もございましたが、何も出来ない時間を、1年、2年と過ごすうち、だんだんと無の時間から過去を振り返る時間へと、頭の中は変化していきました。

考える時間は、少しずつ心の落ち着きを持たせてくれることに役立ちました。
体調が少し良くなったら、じっとしていられないいつもの癖で、すぐに仕事を始め、また体を壊すというループを繰り返して生きてきた私は、考える間もなく行動するという強い衝動の特性に寄りかかっていたことを知りました。

病気になってから、お医者様や周囲の人たちに何度も強く「休むこと」「焦らないこと」を教わり、今も身体に覚え込ませている最中のように思っております。

病気発症から約4年後には、体中に感じていた痛みが一つ一つ消失しつつあり、回復に向かっていることを体験をしながらも、決して焦らず、何もせず考える時間を当たり前のように取っていることを、日々確認しながら過ごしております。

今までのように身体と時間のすべてを仕事に注ぐことは、これからは無いと思っておりますが、代わりに私が始めたことが、幼い頃よくやっていた裁縫でした。

充実した裁縫道具とミシンは、昔のまま大事にしまっておいた物で、未だに布さえあれば、洋服でも、バッグでも、ポーチでも、ぬいぐるみでも、作ろうと思ったものが作れます。
ずっと忘れていた自分の特技が、失われていなかったことを喜び、物思いに耽りながら、チクチクと針を刺していくことが、現在の私の一番の楽しみでございます。

今使用している大人用の家庭用ミシンはもう、3台目でございますが、かなり古くなって参りましたので、使うことが忍びなくなった最近では、手縫いで出来ることを見つけるようになり、刺繍を好んでおります。

裁縫は一番心馴染みのあるものとして、他にも、密かに編み物も得意なことの一つでございます。
手先が器用であったことを思い返すと、細かい作業なら他にも出来ることがあるのではないかと、日々いろいろと目に付いたものは挑戦しております。

現在は、クロスステッチ刺繡、ビースステッチ、レース編み、切り絵などを好んでおりますが、また月日と共に変わってゆくことと思います。

通っている障害者支援センターの方々、訪問看護で自宅に来て下さっている方、家族など、たくさんの方々に、作品を見てもらえることが増えて参りました。

こちらで作品を投稿していこうと思ったのは、見てもらいたいという思いよりも、文章を書きたいという気持ちがあったからでした。
私は、昔から比較的無口な人間でございますが、言葉を話すことよりも、文章を書く方が好きなのです。

誰かに自分の思いを聞いてもらうと、心が軽くなることがあると思うのですが、私にとっては、こうして文章を書くことが、心を吐き出す手段として、真っ先に浮かぶものなのでございます。

SNSなどでは、短い文章で端的に印象に残る言葉が溢れており、そういった文才も美しいと感じますが、ついつい文章が長くなってしまうのが、悪い癖の私にとっては、同じことはとても出来ないとも思います。

ブログのように、文章を書くついでに作品の投稿ができるこのような場所を活用できれば、これもまた一つ楽しみを増やすことになるのではないかと、思い至った次第でございます。

文章が闇雲に長くなっているときも、あるかと思いますが、私にとって自問自答であったり、健忘禄のような使い方をしていこうと思っております。

コツコツとした作業を堪能していると、完成することが時に悲しく、完成品をおざなりにして、次の作業をすぐに始めてしまうことがよくありますが、作った物を誰かに見てもらえると思えば、自分が完成品に抱く愛着も変わってくるのではないかと、密かに期待をしております。

長くなりましたが、作品を見て下さった方、この文章を読んで下さった方、全員に感謝申し上げます。

どの作品も趣味の域を出ませんが、拙い投稿を見守って頂けましたら、幸いでございます。

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