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はやしとのpodcast収録から思うこと

Podcast更新しました!

5回目のゲストはスイミングスクールや塾が同じだった幼馴染みのはやし。

はやしとはお互い同じタイミングで東京に出て、大学時代も実は同じキャンパスで過ごし、就職後も定期的にごはんを食べに行き近況報告しあう仲だった。私の父とはやしのお母さまが高校の同級生で二人とも中学校の国語教師をしているという共通点まであるし、はやしが娘さんを産んだほぼ1年後に私も出産した。地元でやった結婚式の式場担当者も同じ人。そんな、共通点だらけの彼女と、社会人生活について振り返りました。

このトーク中、「人生はいかにサバイブするかだと思っているから」というコメントを彼女が2回くらい使っているのだけれど、前向きに、チャレンジングに、サバイブしてきた道のりを一緒に見つめなおした1時間20分。

最近思う。人生ってこんなにも予測不能なものなのかと。もっとシンプルで、もっと想像しやすいものだと思っていた。例えば20代で結婚して、出産して、30代以降は子育てと仕事をしながら頑張って、40代になったら子育ても落ち着いてまた仕事に打ち込めるのかな、みたいな。

全然そんな単純なものではなくて、家族をもてばそこからは自分自身に加えて予測不能な家族の人生からも影響され、しあって、そうして進んでいく。

それを、思い通りにならないとため息つくのではなくて、思い通りにならないこと自体が楽しいじゃない?はやしはそう言っているように聞こえた。

それからもう1つ。2人で話したのは「ふるさと」の存在について。青森という場所で育ち、ここにルーツがあるから、ふるさとを離れても歯を食いしばれる瞬間があったり、負けていられないと前に進めたりする経験がある。私もそうだったけど、はやしもそうだった。

「ふるさと」というのは私たちのように分かりやすく生まれた出身地である人もいるし、土地ではなく家族である、という人もいるだろう。もしくは、心のよりどころになる恩人とか、インパクトのある経験、だとか。

誰しの心に、その人のアイデンティティの根幹を支える「ふるさと」があるように思う。

その「ふるさと」にとって、胸を張れる生き方をしているか。誇りをもって語れる自分でいられるか。ふるさとが心にあるから、私は私自身でいられる。そんな「ふるさと」を、もっとみんな大事にできたら、自分自身をもっと大事に生きれるんじゃないかな。


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