クラフトサケの価値創造:日本酒の亜種ではなく、救世主として
クラフトサケを応援しています。
「クラフトサケ」というのは、日本酒の伝統的な製法を用い、お米と米麹のほか、フルーツやハーブなどの副原料を入れたりする、新しいお酒のカテゴリ。
2022年には、このカテゴリの醸造家たちが集まり、「クラフトサケブリュワリー協会」が結成されました。いずれの醸造家も、「新政」「あべ」「農口尚彦研究所」など、名だたる日本酒の酒蔵で酒造りを経験してきた猛者ばかりです。
なぜ、クラフトサケを飲むのか
わたくしは、ジャーナリストや編集者やライターや研究者という前に、ただの飲兵衛であり、日本酒が大好きです。
それが最近、クラフトサケばかり飲んでしまっている。いや、日本酒も飲んでるんですけど、クラフトサケの比率がどんどん大きくなってきている。
いちばんの理由は、美味しいからです。「えー、フルーツ入りの日本酒って、日本酒の味がしないんじゃない?」って思われそうなんですけど、いずれのクラフトサケも驚くほど“日本酒の美味しさ”が感じられるんですよね。
造り手の人たちが日本酒大好きで、本当は日本酒が造りたいけど法律の問題で造らせてもらえなくて、なんとか法の穴を突いてたどり着いた答えがクラフトサケなので。だから、彼らは日本酒を造りたいという想いでお酒を造っているし、日本酒の素晴らしさを常に表現している。
あと、わかりやすいです。たぶん、ジャンルそのものへの説明がまどろっこしいから、いかにわかりやすくするかが勝負だからだと思うんですけど、一つひとつの商品のコンセプトが超クリア。あんまり難しいこと考えずに飲めるのがいいところだと思います。
最後に、意外かもしれないですけど、めっちゃ料理に合うんですよね。最近、お魚に合わない日本酒が増えてきてちょっと寂しいんですけど、クラフトサケは魚に合うものも多いです。日本酒が合わせづらいスパイスを使った料理やエスニックなどにも合うので、いろんなフレーバーがある割に、食中酒として万能なのも技術の成せる技だな〜と感じています。
なぜ、フルーツを米と麹で醸すのか
以前、わたしが運営するお酒とメディアのオンラインサロン「Starter」で、クラフトサケのリーダーでもある稲とアガベ醸造所の岡住修兵さんに、ゲスト講演をしていただいたことがあります。
わたしも岡住さんには何度かインタビューをさせていただいたことがあるんですが、わたくしの先輩である大久保敬太さんという編集者/ライターが書かれたインタビューがひと際素晴らしいので、そちらを貼っておきます。
岡住さんはもともと、クラフトサケといってもテキーラの原料であるアガベシロップを入れたお酒や、どぶろく、全麹酒などを造ろうとしていて(いずれも日本酒の定義から外れるためクラフトサケに該当するのですが、いったん説明は割愛)、フルーツやハーブなどを副原料として入れることには積極的でなかったようです。
クラフトサケはどぶろくを造っているところが多いですが、どぶろくをほぼ造らない醸造所として、福岡のLIBROMがあります。彼らは、フルーツやハーブを使った澄み酒(搾ることで透明になったお酒)で人気を博しており、わたしも全種コンプリートしてるんじゃないかな? というほど追っかけている大好きな醸造所です。
最近、お米と米麹を使った伝統的な日本酒には、フルーティな香りのものが増えてきており、わたしもテイスティングで「バナナやメロンのような香り」「ベリー系のアロマ」「柑橘のようなニュアンス」なんて表現をすることがありますが、LIBROMのお酒は、美味しい日本酒にフルーツやハーブのレイヤーを重ねることによって、それぞれのカラーを保ったまま、その香りや味わいを増幅させるようなお酒です。
一方で、岡住さんは、フルーツやハーブを入れることに、「日本酒の製法で造るからこその意義」を探し求めていました。そして、意義を見つけたから、フルーツを入れたクラフトサケを造りはじめました。
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例えば、ブドウやりんごって、その果実だけで発酵して、ワインやシードルというお酒になることができますよね。でも、ワインの味がブドウで決まると言われるように、個体が持つポテンシャルによってお酒のクオリティが左右されてしまう。
そこで、米と麹を使い、日本酒の製法で醸すことによって、もともとの果物のポテンシャルを引き上げることができるのではないかと、岡住さんは考えたわけです。
その意味がわかったかも、と思ったのが、「稲とブドウ」という商品。わたくし、プロトタイプの「TAMESHIOKE」を2本買ったんですが、一本は購入後すぐ飲んだんです。そのときは、「わー、白ワインみたい」と感じたと記憶しています。
で、正式に商品化されたときに、寝かせておいたもう一本のTAMESHIOKEと飲み比べてみたんです。そしたら、寝かせたTAMESHIOKEが、赤ワインみたいな味になってる。目を見張りました。白ワインを寝かせたら赤ワインになるなんてことある? と。
思い出したのは、以前、LIBROMを取材したときに、「九州サングリア」という、九州7県の名産フルーツを入れたクラフトサケを造ったら、はじめはフルーツの味が全然感じられなかったのに、数カ月置いたらミックスジュースみたいな味になったというお話を聞いたこと。
日本酒の熟成と、フルーツの熟成が重なって、それぞれ単体では成せない熟成が実現する。これがお米で造るクラフトサケならではの面白さなのかもしれません。醸造学を専門とされているどなたか、科学的に証明してください。
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また、フルーツの中でも柑橘みたいに、それだけではお酒になれないものもあります。お酒になれない果物をお酒にできることもまた、クラフトサケの意義となるのではないか、というのが、岡住さんの考えです。
例えば、稲とアガベの限定どぶろく「もも」&「八朔」。
ももは、缶詰の桃じゃなくて、生の桃の甘くて美味しいところの味がず〜っとするような味わいです(生の桃、往々にして酸っぱかったり、渋みがあったりするので、食べるときちょっとドキドキします)。これ、たぶん、この原料の桃がめっちゃ甘い可能性もあるんですが、どぶろくの酸味と桃の酸味がくっつき、甘味が補完されているんじゃないかという気がします。
また、八朔。これがまたおもしろくて、はじめは果皮のようなほろ苦さがあるんですが、飲み終わりに近づけば近づくほどふくらんでゆく。飲み始めよりも、グラスの底に残った液体の方が美味しいなんて、日本酒ではあまり経験したことがありません。
クラフトサケの価値創造
そのほかにも、フルーツやハーブ、お茶などの副原料を使った美味しいクラフトサケがさまざまな醸造所から出ているんですが、同じ原料を使っても造り手によって表現が全然違うんですよね。
日本酒も、お米と米麹しか使っていないのに多彩な味わいを表現できるところが魅力ですけど、クラフトサケはそこに副原料を加えることで、その多彩さを何乗にもしている。日本酒がピアノのソロだとしたら、クラフトサケはそこに弦や管のさまざまな楽器が加わってセッションしている、みたいな。
もちろん優劣ではなく、差異の話をしています。
日本酒が造れないからクラフトサケなのではなく、日本酒にできないことをするのがクラフトサケ。わたしはクラフトサケについて、「日本酒の伝統的な製法を使って、日本酒にできないことをする新ジャンル」と説明していますが、副原料を使ったお酒はまさにそれを体験させてくれます。
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今回、こんな記事を書こうと思ったのは、とあるヤバイクラフトサケを飲んでしまったのがきっかけでした。
なんやこのシールって思われてしまうかもなのですが(笑)、「熱燗DJ」という肩書きで日本酒やクラフトサケをプロデュースしている「つけたろう」さんという人が、稲とアガベ醸造所とコラボして造った「稲とブドウ つけオーク樽熟成」という商品です。
お仕事でつけたろうさんとご一緒する機会があり、正式リリースよりひと足お先に飲むことができたのですが、「クラフトサケ、ここまで来たか!」と思わず唸る作品。
わたし、最近いまさらワイン漫画「神の雫」を読んでるんですけど、この作品では、主人公とそのライバルがワインの香りや味について「俺はいま、暗闇の中に立っている……あの光はなんだ……?」とか「これは……誰々(芸術家)の作品……ナニナニ(名画のタイトル)だ!」みたいな表現をするんですよね。
それを読みながら、「コレできる日本酒あるかな〜」と考えてたんですが、この「稲とブドウ つけオーク樽熟成」ならできると思います。
まず、香りがすごい。ワイングラスのようなチューリップ型の器に注いだんですけど、30センチくらい離れていても香りがみるみる立ちのぼってくる。土やほうじ茶、紅茶、プラム、干し葡萄、あんず、などなど。グラスに注いでから10分ほど、口をつけるのが惜しくてずっと香りを嗅いでしまうなんて体験、初めてしました。
樽香も含めて、極めてワインのようなニュアンスになっているのですが、もちろんワインとは違う。アメリカのサケ業界仲間やサケファンが、「酸味が少ない(ワインの5分の1ほど)ところが日本酒の魅力」と話すのをよく聞きますが、まさにお米と米麹を使ったお酒だからこそ表現できる新しい味わいだと感じます。
こうやってワクワクさせてもらえるところが、わたしがクラフトサケに惹かれる理由なんだよな、日本酒、好きだなぁ、としみじみしつつ、飲みながらちょっとウルっとしてしまいました。まだお燗にできていないので、テイスティングレポはTwitterにポツポツ書いていこうと思います。
こちらのお酒は、つけたろうさんのオンラインショップ「つけたろう酒店」のサブスクに登録すると飲めるようですよ! わたしはまんまと登録しました。2カ月に6000円払うだけでレア酒が届くとか実質タダですね。
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今回の記事では、稲とアガベとLIBROMのふたつの醸造所についてがメインになりましたが、クラフトサケはほかにも素敵な造り手さん、美味しいお酒ががいっぱいですので、「日本酒ちょっと苦手だな」という人から「ワシは生粋の日本酒通じゃ」という人まで、一度は試していただきたいなぁ。そのすべての人が好きになってしまう、それだけの懐の深さを持っているジャンルなので。
その射程の広さによって、「サケっておもしろい飲み物なんだな」と思った人たちが、伝統的な日本酒の世界にも足を踏み入れてくれる。クラフトサケを飲むときは、そんな未来をグラスの向こうに見て、いつもワクワクしています。