日本酒のおいしさ 8 飲み方とおいしさ

お燗のおいしさ

お燗は、清酒の伝統的な飲み方であり、お燗に関する表現は、日向燗(30℃)、 人肌燗(35℃)、ぬる燗(40℃)、上燗(45℃)、 熱燗(50℃)、 飛びきり燗(55℃以上) と5℃刻みにある。それだけ、温度を変えて楽しめるということであろう。
甘味は、冷たい温度より体温に近い方がより強く感じられる*ため、辛口の純米酒など常温では酸が強く感じるものは、お燗をすることでバランスがよくなると考えられる。さらに、口腔中には、温度感受性TRPチャネルと呼ばれる温度センサーが存在し、42℃以上で活性化するTRPV1は唐辛子に含まれるカプサイシンのセンサーでもある*。つまりホットは熱くて辛い。このような酒の温かさそのものも脳に伝わりおいしさのひとつとなっていると考えられる。

* 日本味と匂い学会編: 味のなんでも小事典―甘いものはなぜ別腹? , ブルーバックス, 講談社(2014)

* 曽我部隆彰: TRPV1, http://www.nips.ac.jp/thermalbio/handbook/1-2v2.pdf

日本酒と料理の組み合わせによるおいしさ

一般に、酒と料理の相性を考える場合、次の4つが大切だとされている。①バランス(濃い味の料理には濃い酒、酸味のある料理に甘い酒)、②新たな風味を生み出す(料理との組み合わせで新たな風味がうまれる)、③味を引き出す(料理の中から隠れている素材の味を引き出す)、④洗い流す(料理の後味や嫌みを酒で洗い流す)。
ワインは料理と組み合わせることで、料理にもワインにもなかった第三の味や香りが生まれることを重要視する。一方で、日本酒は例えば塩辛と組み合わせると、生臭さが消え塩味は穏やかになりうま味が口に広がる。これは新しい味の誕生というより、日本酒が脇役としてうま味を引き出し不快な香味を洗い流したということであろう*。鉄*や亜硫酸イオン*は、魚介に多く含まれるDHA等の多価不飽和脂肪酸から生臭さの原因となるアルデヒド類を生成するとの報告がある。清酒には、鉄や亜硫酸がほとんど含まれないため、するめ、いくらやたらこといった魚卵やほやも生臭さを感じることはなく、両者が大変おいしく感じられる。

* 吉澤淑: ビール、ワイン、清酒を比較する(<特集>酒類のおいしさ-香りと味 4), https://www.jstage.jst.go.jp/article/tasteandsmell/7/2/7_KJ00001494164/_article/-char/ja

* 田村隆幸: ワイン中の鉄は,魚介類とワインの組み合わせにおける不快な生臭み発生の一因である, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/105/3/105_3_139/_article/-char/ja

*藤田晃子: 白ワインと清酒のシーフードとの相性―亜硫酸が生臭いにおいと不快味の生成に及ぼす影響―, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jbrewsocjapan/106/5/106_271/_article/-char/ja

また、14種類の料理と清酒、ビール、ウイスキー、赤ワイン、白ワインの相性研究の結果、清酒と相性の良い料理の1位である「イカ梅肉あえ」は白ワインで10位であり、白ワインで3位の「とんかつ」は清酒で最下位であるなど、同じ和食でも白ワインは油脂を使用した味の濃い料理と相性が良いのに対し、清酒はだし汁や醤油を使い素材を活かした料理との相性が良かった*。清酒がこのような和食に合う要因として、清酒、だし汁、醤油、味噌、米酢に多く含まれるアミノ酸や核酸の相乗効果が考えられる。加えて、塩はそれ自身の味が塩辛くないような濃度でも、素材に含まれるうまみ成分の味を引き出す力がある*。塩をなめるだけで清酒が飲めるというのは、清酒中のうまみ成分の味が引き出されるためであろう。

* 山野善正編: おいしさの科学事典, 朝倉書店, 125-130(2003)

* 栗原健三: 食物の味形成における食塩の重要性:アミノ酸及びうまみ物質の味に対する食塩の増強効果, https://www.saltscience.or.jp/general_research/2001/200155.pdf

清酒の海外輸出はここ10年で約3倍に増加した。なかでも、吟醸酒や純米酒などのプレミアムサケが人気である。和食の世界進出ということもあるが、ニューヨークで日本酒が多く飲まれているレストランには、ベトナム料理を中心とするフュージョン料理を提供しているところがある。香辛料や油が控えめで魚介類の多いベトナム料理と日本酒の相性は良いと考えられ、日本人の知らない組み合わせのおいしさを、世界は見つけ始めているのかもしれない。(おわり)

初出 醸界協力新聞 2014

つづきは

千葉麻理絵、宇都宮仁: 最先端の日本酒ペアリング, 旭屋出版 (2019) https://asahiya-jp.com/book/9784751113639/

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