実験酒母を振り返って
こんにちは。蔵人見習いです。
今回は年末にチャレンジした実験酒母について大雑把に振り返ってみたいと思い、noteに綴ることにしました。
あまりマニアックな話にはせず、また、理論的な話は僕の脳みそではお伝えすることができませんので、良い意味でも悪い意味でも分かりやすい内容にしようと思います。
よければお付き合いください。
では始めます。
実験酒母ってなあに?
まず実験酒母とはなんぞやということからなのですが、それは「生酛系酒母」になります。酛擦り(木の櫂棒でえいやえいやとお米をすり潰す作業)やドリルなど使わないので山廃に近いですが、山廃と全く同じ工程も辿らない。だけど醸造用乳酸を使わないから生酛系酒母です。
生酛酒母は通常、
①硝酸還元菌が亜硝酸を出す
②乳酸菌が乳酸を出し、硝酸還元菌が淘汰される
③添加酵母・若しくは蔵付酵母が酒母内で増殖し、アルコールが一定量出ると乳酸菌が淘汰される
という菌の変遷を辿りますが、この最初の①の部分を飛ばして②から始めたものが今回の実験酒母です。その手法としては酸基醴酛(さんきあまざけもと、と読みます)が有名?ですが、今回の実験酒母はそれとは異なります。酸基醴酛と実験酒母がどう違うのかをざっくり説明するなら、
・酸基醴酛→温かい状態からスタート
・今回の酒母→冷たい状態からスタート
というものになります。もっと細かく説明するとややこしくなるので割愛。
因みに何故「酸基醴酛ではなく、冷たい状態から」のものにこだわったのかと問われたら、打瀬が好きだからです。
実験酒母に取り組もうと思った経緯
僕が実験酒母に取り組もうと思ったきっかけは、これからこの蔵で酒を造っていくにあたって、何か一つでも特徴のあるものが必要だと思ったからです。
これからの時代、酒蔵は酒質を磨いていくというのは当然として、その先に「その蔵の特徴・個性は何か」ということが問われていくのではないかと思っています。そのような中で、何か新しい取り組みを行い、蔵としても造り手としても酒質向上と同時並行して、個性を探求していく必要があるのではないかと考え、取り組むことを決断した、というのが経緯になります。そしてその個性となるものが自分の技量と蔵の環境で造れるもので、且つ自分が造りたいと思えるものであれば最高だなと。
そういう何かを模索していたら、不思議なことに、自分が造りたいと思える工程で挑戦できるものが見つかった、それが実験酒母だったということになります。ラッキー。
取り組むにあたって重視したのは(上記と重複しますが)①自分の考える方法で取り組むことが可能か、②当蔵の設備で取り組むことが可能かという2点が挙げられます。
①については、生酛をやるのであれば「打瀬」は絶対に外せないという点と、安全且つ衛生を重視していること、②については酛すりやドリルなど特殊な方法やそれらを指南する人材、また木桶や酛摺り用櫂棒などの道具を必要としないことなどが挙げられます。
これらの条件を満たす方法で生酛系に挑戦することが可能なことを知ったため、ではやってみましょうということでスタートしました。
以上が取り組むまでの経緯となります。
では次に行きます。
酒母の推移
酒母初期
酸度が上がってくるのを待っている時のものです。
実験酒母の推移を見て最初に思ったのは、「酵母が無い状態の冷たい甘酒のような液体を、最初の段階でどう衛生的に維持するか」ということでした。いくら乳酸菌が中に入っていても、乳酸を出してもらい液体の中の酸度が上がらなければ、いつ野生酵母などが入ってきてもおかしくないからです。ここはスリルがありました。
速醸系であれば最初に醸造用乳酸を入れて汚染を防ぐ環境を整えてしまい、そこに酵母を添加して安心安全な状況から増殖スタートとなるため、それがないのはやはり恐ろしいものです。
酵母添加
乳酸菌が活動しやすく、且つ雑菌が入ってこられない温度を維持して一定の日数が経つと乳酸菌が乳酸を出してきてくれます。その時、はっきり液体から酸臭を感じ取ることができました。思わず「おおっ!」となります。普通速醸・高温糖化などでは絶対に嗅げない香りであり(もし出てきたら恐ろしい)、興味深く経過を見させてもらいました。そしてこのタイミングで酵母添加します。
ここで面白いのが、普通速醸であれば酵母が必要とする糖が初期からたくさんある状態なのに対して、生酛系の場合は乳酸菌が先に入って糖を消費しているため、残った糖を消費して増殖するという点です。(余談ですが、こういう酵母にとって過酷な環境を妄想するのがとても大好きです!)
上記のような過酷な環境から酵母の増殖がスタートするので、立ち上がりが悪く糖の減り方は遅いですし、香りも普通速醸のような爽やかな香りはせず、状貌も全く異なってきます。これが非常に興味深くて引き込まれるような面白さでした。
酒母中期
膨れてきています。
普通速醸でこの段階にもなれば爽やかな香りはしてくるものでしたが、生酛となると香りはここでも酸臭しかしませんでした。
酒母後期(最高温度)
比較のため普通速醸酒母の最高温度
見比べてみて分かるかとは思いますが、泡の性質が異なっています。普通速醸の泡は軽そうでふわっとしているのですが、生酛系の泡は重たそうで少し不気味に見えますね。
生酛系の最後の段階で気をつけなければならないのは、乳酸菌をしっかり淘汰することです。そのため、アルコールが一定の数値にしっかり入っていることを確認してから仕込みへと移行しないと、醪へ乳酸菌を持ち込んで酸度が上がるということに繋がります。恐ろしいですね。
ざっとまとめるとこんな内容になります。
では感想へ移ります。
実験酒母を通して思ったこと
3点挙げさせてもらいます。
まず思ったのは、この手法であれば上記①から②へ移行するリスクの高い期間を回避することが可能で、それによって安心して酒母を育てることができることです。
お酒を造ることは道楽や趣味ではなく、あくまでも商品として造るわけですから、完成しないということは許されません。従って、リスク期間をクリアできることは非常に造り手としてはありがたいことだと思いました。
次に思ったことは、普通速醸の延長線上に生酛・山廃があるのだな、という点です。
手元に本が無いので詳細には引用できませんが、上原浩先生の本には“生酛に取り組む前に、まずは普通速醸をしっかりと極めよう。普通速醸から学ぶことは沢山ある”といったことが書かれていた記憶があります。
実際、親方の下で3年間普通速醸でずっと仕込みをしてきましたが、そのお陰で今回の実験酒母の操作や温度管理をスムーズに行えた気がしますし、慌てるようなことも殆どなかったです。これが前の蔵で行っていた高温糖化酛しか覚えていなかったら、全く対応できなかったと思います。
そして最後に、生酛系酒母の経過を見るのは本当に楽しかったこと、これが一番大きいです。操作の手間、状貌、香り、経過、どれ一つとっても速醸系では出会えるものではなく、それ故に面白い。何故造り手の多くが生酛・山廃に惹かれていくのか、少しだけわかったような気がします。
ただし、造りとしての面白さだけを追求してそれを商品にすることでは消費者を無視したものづくりになってしまうので、「どうしてこの手法で酒を造りたいのか」ということをこれから徹底的に追及して、その答えが見つかったのなら徐々にこの手法で酒造りを増やしていきたいと考えています。
以上で振り返りお終いです。間違いなどありましたらご指摘ください。
貧乏見習いなので、サポートして頂けるととても喜びます。