見出し画像

SS5「とある初夏の夕暮れ」

僕は神社が好きだ。次第に「それらしい」気温となった6月下旬でもひんやりとした風が肌に心地良い。家から歩いて5分ほどの距離にあるこの寂れた神社は僕の隠れ家のような存在で学校の帰りには必ず寄ってから帰る。小さな鳥居をくぐると、名前もわからない大木に囲まれた、これまたこじんまりとした本堂がポツンと建っている。ただそれだけの場所。いや、正確にはそこに僕という存在。そのシンプルな穏やかさがとても心地良い。その日もいつものように学校が終わって神社に向かおうとしていた。でも途中で、
「なーー、駄菓子屋いかん?」
ってケンが誘ってきたから、予定を変更した。ケンはクラスの唯一の友達で家も近かった。
「なあ、そういえばさ、」
ケンが道すがら、思い立ったように喋る。
「あそこのちっさい神社な、取り壊されるらしいよ。」
「え?」
「なんかな、老朽化が進んでー、とかなんとか父ちゃんが言ってたけどな、詳しい理由は教えてもらえなかったんよ。」
これは本当だろうか。僕の大好きなあの神社が壊される?そんなことあってたまるか。
「そんでな、こっからはただの“噂”なんだけど…」
ケンはお構い無しに続ける。
「ちっちゃい子がな、行方不明になったらしいんよ、神社の近くで。」
「行方不明?」
「しかもな、なんかばあちゃん達が、タタリタタリ言ってたんを聞いた奴らがいるんよ。」
タタリなんてそんな。僕はほぼ毎日いるし…。
気にしないフリをしながらも、その後駄菓子屋で何を買ったかも不明瞭なまま、いつの間にかケンと別れ、神社の前にたどり着いていた。周りは既に暗くなり始めており、虫の鳴き声が耳の内側に響いている。すると突然、


「ねえ、」

と後ろから声がした。慌てて振り返ると、木の葉の間か差し込む橙色の夕焼けの光が声の主の輪郭をかたち取っている。なんだかその存在は曖昧で夕焼けと同化していた。僕は焦りで声が出せなかった。
「君、こんな時間にも来るんだ。」
声の主は喋り続ける。女の子の声だ。年は自分と同じぐらいかな。手首に何か…糸のようなものを巻いているのが見える。
「ちょっとさ、手伝ってほしいんだけど、ついてきてくれる?」
「て、手伝うって何を?」
吃りながらもやっと声を出す。
「本堂よりずっと奥の方で小さい子が倒れてるの、見つけたの。運ばなきゃ。」
…!例の行方不明になった子だろうか?僕は息を整えてから、わかった、とだけ言って女の子(?)について行くことにした。

女の子はどんどん歩いていく。なんだかとても滑らかに。進むにつれあたりの暗さは一段と濃さを増したが、女の子の歩みには淀みがない。なんだか不自然で、それでいてなぜか全く怖さを感じなかった。

「ここ」
突然女の子は立ち止まり一点を指差していた。そこには4、5歳くらいだろうか、子供が倒れていた。急に心臓が「ばくん」と音を上げた。大丈夫なのか?まさか、死んでいるんじゃ…?急に周りの木々がざわめく。それに釣られて周りを見回すとさっきまでいたはずの女の子の姿が…ない。世界が一層の揺らめきを見せ始め、視界が狭まる。そして…何か声が聞こえた。その瞬間、頭がぷつんと音をたて、そしてーーーーー



気がつくと僕は鳥居の前で座っていた。横ではさっき倒れていた小さな子が寝息を立てていた。まだ日は落ち切っておらず、神社についた時と同じ陽光を照らしていた。
「一体…。」
考えることすら出来ない。一体何が起こったのだろう。そう思って立ち上がろうとした時、手に何かの感触を覚える。これは…糸?なんで糸なんか。そう思った瞬間に記憶が蘇る。あの女の子のつけていた糸と同じだ。

彼女は最後に何か言っていた、そう、何か。糸を眺めながら記憶を手繰る。確か…

「ありがとう。またね。」

僕はその日あったことを大人に説明したけど誰も信じてくれず、なんで僕が行方不明の子を見つけられたのか不思議に思っていた。その行方不明の子曰く、一人で森へ遊びに行ってしまい、迷って2日間ずっとあの場所にいたのだそうだ。それなのになぜか全くもって健康だったという。

結局、神社は取り壊されなかった。

僕はまた神社に通い始めた。でも、あの女の子には、それから一度も会わなかった。

ただ、時々、夕焼けの眩しさにその子の姿が映ったのを見たような、そんな気がした。

「またね。」

僕はそう言って神社を出た。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?