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48. 皮膚を売った男 【映画】

舞台はシリアとベルギー。
シリア内戦により亡命を余儀なくされた主人公は、自国には帰れないしビザがないから他の国に行くこともできない。恋人はやむなく金と権力のあるベルギー駐在の外交官と結婚し、ベルギーにいる。
無気力に生きていた折、偶然出会った現代美術作家に、大金と自由に移動できる権利と引き換えに、自分の背中を売ることになった。
高級ホテルに泊まり、昼間は美術館に一日中座ってVISAと彫られた背中を見せる日々。
最初は自分が美術作品になるという意味を理解しておらず能天気だったのが、徐々に「自分自身が全くいないかのように、背中だけが注目される」状態の堪え難さに気づき始め、どうにかそこから脱しようとする。

こういうあらすじの話です。
センセーショナルな現代美術作品を題材に、現代社会の様相や問題を浮き彫りにする映画でした。

軸となっているのは「難民であること」と「人間を美術作品(物)として見ること」。
大筋は恋愛物語ですが、そこは然して重要ではないというか、話を流れさせるための歯車に過ぎないように感じました。
難民問題も、他に多くの作品がドキュメンタリー、フィクション問わず作られていますし、わざわざそのためにこの映画を観る必要はないと思います。(観ている間に、こういう問題点があるのか、という気付きは随所にあるでしょうが)

それで、とにかくショッキングで印象的なのが美術の描かれ方です。
この映画に出てくる“人間の皮膚をモノとして扱う”美術作品は、インスピレーション源となった実際の作品があります。
ヴィム・デルボアの「Tim」というもの。生きている人間の背中に彫ったタトゥーで、これはコレクターに売られ、彫られた本人が死んだら額装され完全にコレクターの所有物になることが決まっています。

デルボアは横浜トリエンナーレにも出品したことがあるそうで、何かしらの作品を見ているはずなのですが、思い出せません。

人間の皮膚を美術作品のキャンバスとして使うのは、当事者が納得しているならいいんじゃないと思います。そこに金銭の授受や責任が伴っても、お互い承知の上なら何ら問題ないでしょう。
まあ、双方の間に信頼関係があった方がいいでしょうし、映画の中では多分最初の頃それがなかったが故のすれ違いも見受けられました。最終的にはアーティストと主人公に信頼が芽生えていたようですが、そもそも契約を結ぶ段階からお互いにもっと話し合うべきだったろうと思います。

劇中の作品の場合、まず、彫られた相手が難民で、美術品である将来を想像する知識を持たなかった、というところが問題なのです。
難民というのもポイントで、これを人権侵害だとして人権擁護団体や家族から非難の声が上がっています。自発的に売ったのだから本人の自由じゃない、と思うのですが、「適切な知識があればもしかしたら彼は背中を売らなかったかもしれない→その知識を得られなかったのは彼の住環境のせいだ→悪いのは作家だ」となって槍玉に上げられるわけです。
実際にそうでなかったとは言えませんし、現実世界で無知な人からの搾取というのは様々な場面で起こっているので、安易に判断できないところです。

そして一番の問題は人間をモノとして扱う範疇について。
美術作品として美術館に“展示”するどころか、それをオークションで売るってどういうことなのとびっくりしてしまいました。
確かに売れなければお金にならないから作家は売るしかないわけです。でも生きている人間なのに。
平然と、人格を無視してモノ扱いできる人たち。美術って何だろうと頭が痛くなってきます。

個人的には死んだ後の皮がどうされようとどうでもいいですが、他人の皮膚を生きている内から誰かが所有するなんて、売り手にも買い手にも狂気を感じます。
人身売買の括りで、どこまでが良くてどこまでが悪い、とか各国の裁判所が判断を下している事例もあるようですが、こんな個人の感覚に左右されそうなことに対して、限られた人の感覚に頼って一律の規定を作るのはナンセンスですね。

美術館に作品を見に来る人たちも売買する人と同じで、彼らの多くはこの突拍子もない作品を前にして嘲笑します。何だこりゃと笑ってしまう心情は分かります。
だけれど、その作品には目も耳も口も脳もあるのです。その目の前で笑うって、本人を侮辱しているのと同義じゃないですか。
どうして無神経にそういうことができるんだろうと不思議でなりません。
でもそう書いておきながら、自分も無意識に他人を侮辱している時がないとは言えないのが怖いです。

単純に、わたしは自分が美しいと感じるものだけを手にしたい耽美の人間なので、こういういわゆる「美」からは外れたものを収集しようという人の考えが理解できないという面もあります。

人によって、引っかかる点はバラバラでしょう。それを受けて思うところも、千差万別なはず。頭をよく使うので疲れますが、現代の美術や社会の闇を覗き見るには良い作品ではないかと思います。


ところで内容を置いておいて映像に目を転じると、鏡や写り込みの使い方、画面の構図や色彩が大変美しいです。低予算映画だそうですが、そうは思わせない圧倒的な映像美です。
そういった芸術的視点で観ても得るものが多い作品でした。主人公がやたら筋肉質なのは謎です。

ラストにも胸がどきっとする仕掛けがあって、わたしは違うエンドの方が良かったなあと思ったのですが、詳細は言わないでおきましょう。
とりあえず、ハッピーエンドなので、悲劇が苦手な方も安心して観られます。(これも充分ネタバレかしら?)

ではまた。


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