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108. 光瀬龍×萩尾望都「宇宙叙事詩 上」 【挿絵本】

SF作家の光瀬龍と、少女漫画の神様萩尾望都。
名作「百億の昼と千億の夜」のタッグが送るSF作品がこちら、「宇宙叙事詩」です。
楠本まきのコラボカフェで訪れたライブラリー・カフェバー十誡さんにて見掛けて、買おうと思っていたところ実はすでに家にありまして。

全ページに萩尾望都のイラスト+光瀬龍の文章が散りばめられていて、厚さのわりに読むのにかなり時間を要しています。とりあえず上巻を読み終わり、基本的には一話完結の小話で構成されていて上下巻に明確な繋がりもないとのことなので、ひとまず上巻の感想を書いておきます。
(「百億千億」をご存知ない方にはなかなか理解不能な文章になってしまうことが予期されます。いずれこちらもご紹介しますのでご容赦くださいませ。そして「百億千億」はわたしの根源ともなっている傑作ですのでどうぞ皆様読んでみてくださいな)

全体は12篇の小話からなっています。(中に2つ続き物が入っていますが)
遠い過去の地球や、遠い未来の地球、火星、わたしたちがまだ出会っていない星々が舞台です。
宇宙に夢を見て旅立つスペース・マンや、荒廃した星に散見される科学文明の名残、過酷な環境を耐え抜くため機械と融合した体など、萩尾望都のSF作品でもおなじみの設定が散見され、懐かしく思われるとともに、どの話も悲しみと切なさに満ち満ちていて気持ちがゆっくりと落ちていきます。
長い時間を経た先に広がる、茫漠とした虚のイメージは、「百億千億」と重なります。
哀切と孤独に浸り、遠いいつかの情景に思いを馳せる。ああわたしが好きなのはこういう作品だなあとしみじみと思うのでした。

科学的な用語が多く用いられていてノレる時とノレない時があるのは光瀬龍の文章の特徴で(「百億千億」の原作を読んだ時も苦労した)、今回も読み進むのに波がありました。けれどノレた時は儚く寂しい幻想へ、一瞬にしてわたしの心を連れて行ってくれます。その幻想は萩尾望都の絵と親和性が高く、そこに相乗効果が生まれます。(それでいて萩尾望都の文章はもっと詩的なので、こちらのイメージの方が淡白な印象があります)

絵の方は、わたしが最も馴染み深く好きな絵柄の頃の萩尾望都のイラストがふんだんに見られるので、イラスト集としても十二分に価値があると思います。黒と赤の色彩は、どことなく破滅を予感させ、また萩尾望都の「スター・レッド」などを想起されます。
この作品が描かれたのは「スター・レッド」より後、「銀の三角」と同時期なので、作家自身の頭にもきっとそれらの世界が確かに息づいていたことと思います。
光瀬龍は「百億千億」しか読んだことがないので比較のしようがありませんが、少なくとも萩尾望都に関しては、そのSF作品を貫く世界観から自然に生まれ出たのがこのイラスト群だったのでしょう。

また「百億千億」ファンには嬉しいことに、ここに収録されている「廃墟の旅人」に阿修羅王が登場するのです。歪な王国を自然に還す役を担った異邦人として彼女は描かれており、それは少し残酷な役割でもありますが、それは彼女の哲学に基づく判断であり、何よりもう一度その姿を見られたことが嬉しかったです。
他の短編も改めて見渡せば全て、シッタータが海底のポッドに潜り、オリオナエが崩壊していく都市を見つめ、阿修羅が帝釈天に戦いを挑んでいた頃からすっかり地上が荒廃し尽くすまでの間に起こった出来事のように思われてきます。
「百億千億」を読んだら、こちらも読むべき、読まねばならない作品だったのだと、二十年あまりその存在すら知らなかったくせに思うのでした。


最も強く印象に残ったのは冒頭の「スペース・マンの唄が聞こえる」の植物人間のイラストです。白い能面のような顔からレタスの葉みたいなものが四方に伸びている不気味な生き物。

自分を置いて宇宙開発に行ってしまった夫を追って、妻も開発に参加した。過酷な環境を生き抜けるよう肉体を大幅に改造して……。
開発計画は失敗し、何年かのちに息子がその星を訪れた。その地で奇怪な生物に襲われ、顔を見やると、それは異星で心を狂気に蝕まれ変わり果てた姿になった母親の顔だったのだ。

夫にも会えなかったかもしれない。
何日も、孤独に一人耐えたのかもしれない。
体も自分の体ではなくなったように上手く動かせなかったかもしれない。
帰る場所ももうなくて。
何重もの悲しみが、表情のない顔に集約されているようでした。


そこここに、悲しみしかない。けれど今を生きていかなければならない。
わたしを形作っている思想に今一度立ち返らせてくれる作品なのでした。

またいずれ、下巻を読み終わったら記事を書きます。
思った以上に内輪向けの文になってしまって、もっと上手く書けたかもしれない、すみません。

ではまた。

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