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水木しげるの幻の少女漫画

水木しげるといえば「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとした妖怪もの、或いは戦争ものを思い浮かべることでしょう。どちらにせよ少女漫画とは無縁の作家だとお思いの方がほとんどかと思います。

しかし。
実は水木しげるは生涯にたった3作だけ、少女漫画を描いているのです。
それが「雪のワルツ」「かなしみの道」「二人」。
すべて「水木しげる漫画大全集 貸本漫画集3」に収録されています。

タイトルだけ見てもそこはかとなく貸本少女漫画のかほりが感じられますが、実際どれも貸本少女漫画の王道を行く、ひねったところのない真っ直ぐな悲劇を描いたお涙頂戴ものです。

簡単に内容を説明しますと、
「雪のワルツ」は、足を怪我してバレリーナをやめたみなしごの悲劇と、その足跡を追う母の話。
「かなしみの道」満州から引き揚げようとする家族に次々とふりかかる不幸の話。「二人」は意地悪な金持ち娘が、心優しい少女との関わりで改心する話。

その後の絵柄に通じる要素はあれどまだそこまで怖くない絵柄で、女の子の顔はどれもお人形のような同じ顔です。この顔には、少女漫画のスタイルを確立したという高橋真琴の絵柄の影響が感じられます。

台詞回しや話の展開に破綻はなく、引き込まれるストーリーで漫画のうまさが窺える作品群ではありますが、巻末で「少女漫画を描くのは嫌で嫌でたまらなかった」と本人が語っていたとありました。

1958年に貸本漫画デビューした水木しげるですが、この時期はすでに貸本漫画業界に陰りが見え始めていた時代。仕事は少なく、依頼があれば手当たり次第にやるしかなかったという苦しい事情が背景にあります。
確かに一緒に収録されている少年漫画の方と見比べてみると、明らかにあちらの方がぐっと力を入れて描かれているのです。

少年漫画の方のラインナップは「怪獣ラバン」「怪奇猫娘」「スポーツマン宮本武蔵」。
「怪獣ラバン」はゴジラの血を注射されて化け物のようになってしまった青年の話。
「怪奇猫娘」は魚を見ると猫の顔になってしまう少女の話。
「スポーツマン宮本武蔵」は13代目宮本武蔵と佐々木小次郎の闘いをコミカルに描いています。

猫娘の話は因果応報のたたりがテーマになっていて、救いが全くありません。漫画家になる前に描いていた紙芝居の世界や貸本怪奇漫画では、因果ものがポピュラーだったそうなので、その流れを汲んでいるのでしょう。
この猫娘は鼠などを見ると顔が猫に変貌してしまう少女という設定で、「ゲゲゲの鬼太郎」の猫娘のルーツでもあるそうです。

スポーツマン宮本武蔵の方は寺口ヒロオの忍者スポーツ漫画「スポーツマン佐助」のオマージュだそう。リアル世代ではないのでわたしは分かりませんでしたが、当時のスポーツ界で活躍していた人々をモデルにしたキャラも多いらしいです。

何にせよ少年漫画の方が個性的な顔の面々が生き生きと活躍していて、ストーリーもかなり面白いです。

ちなみに貸本時代の作品は、東真一郎や水木洋子と複数のペンネームを使い分けています。これは当時、漫画家は一つの出版社専属なのが当たり前というような雰囲気があり、別の出版社から出す場合は名義を変える場合が多かったという事情があるそうです。

水木しげるの絵が怖くてどうにも苦手で、貸本少女漫画から入るという邪道なことをしてしまいましたが、怖さを克服してどうにか他の作品もきちんと読みたいものです。

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