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エビと羅刹

あなたが夢見た私も、私が夢見た私も、いつか死ぬ。
いつか必ず終わりがくる。
世界の終わり、だなんてそんな素敵なものじゃない。
ただの終わり、ただの明日で、ただの今日で、いつかのただの過去のこと。

人は二度死ぬ。
一度目はその人が死んだ時。二度目は誰かに忘れらた時。

だとするのなら、私は既に死んでる。
なんども、なんども死んでいる。
昨日の私はもう死んでるし、今日の私は今から死ぬし、明日の私は明日死ぬ。

理想は、要らない。だってそれ私んじゃないもの。
覚悟は、もっと要らない。荷物になるだけ、そんなもの。


西南の空、コバルトブルーに染まる青、を見てエビはそう言った。

私、明日には市場に売られて食べられる身。
どうせ誰かに食べられるなら、あなたに取って喰われたい。
私は人じゃないけれど、人よりもずっと美味しいはず。

赤い顔をさらに朱色に染めて、一世一代の告白をかまされた羅刹は、途方に暮れていた。
鬼と畏れられ、敬わられてきた羅刹には経験のないことだった自分を、食べて欲しいなどと言われることは。

困惑して何にも答えられずにいると、言葉が足りないのかと思ったエビがさらに想いを伝えてくる。

私、ずっと見てた、水槽の中から、西南の空にいつもあなたがいたのを見ていたの。
いつ死ぬか、いつ死ぬか、そんなことに怯えながら、毎日毎日仲間がどこかへ売られていく日々、変えてくれたのはあなたなの!
ああ、その黒くて艶やかな長い髪!頰に落ちる影の悩ましい睫毛!
涼やかな目元!蠱惑的な唇!
あなたの美しさを上げたらキリがない!
そう、でも、でもね。
確かにきっかけは見た目だったかもしれないけれどね、私は見た目だけであなたに食べて欲しいと思ったわけじゃないんよ。
私は見たよ、あなたが人間を頭からボリボリと食べるところを。
ええ、なんの罪もない人。
ただの不運な人間。
あなたに見つかってしまって、目が合ってしまっただけの可哀想な人。

……その人間を食べてる時のあなたの表情ったら!
すっごく美味しそうに食べるんですもの。私その時確信したんよ。
あなたみたいに美味しく食べてくれる人に食べられたいって。
でもすぐに違うと考えを改めたの、どうしてって?
私が食べて欲しいの他でもない、あなただけだと思ったから。
思ってしまったから。

どうでもいい私の終わりを自分で決められるチャンスを、今ここで逃したりなんかできない。
私は、あなたに食べられたい、その白い歯で、赤い舌で味わわれたい。
それが私の灯火が消える時。
自分の死に際を自分で彩るのは罪かしら?
ああ、それでもいい、それならずっと都合がいい。
地獄の底であなたにまた出会えるのだから。

生きたまま、この殻を暴いてもいい。
グツグツと煮えたぎる湯に煮立てられるのも魅力的だ。
パチパチと爆ぜる火の粉を浴びながら焼かれてもいい。
なんでもいいのだ、なんだって。
あなたが食べてくれるなら、それだけで。
願いが叶うなら、それでいいの。

恋は知らない。愛なら知ってる。
あなただってそうでしょう?
私を少しでも哀れに思うのなら、噛み砕いて、味わって、飲み込んでくださいな。
それでちょっとでもあなたのお腹が膨れたら、私きっと生まれたことを幸せに思えるから。
自分のこと、誇りに思えるから。

羅刹は黙って話を聞いた。
エビの永い、永い告白は、しばらくずうっと、鳴り止まなかった。




西南の空、コバルトブルーが黄金色に染まる頃。
足の一本、尾びれの一枚も形を残さず、エビはこの世から姿を消した。
けれどエビが死ぬことは、もう二度と無かった。

羅刹は今日も西南の空、気まぐれに人を食べては畏れられる。
けれども羅刹は前より少し、ほんの僅かにちょっとだけ、人間が美味しく無いように思えた。


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