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【ミステリーレビュー】氷の家/ミネット・ウォルターズ(1992)

氷の家/ミネット・ウォルターズ

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現代英国ミステリーの女王、ミネット・ウォルターズのデビュー作。

イギリスで1992年に刊行され、英国推理小説作家協会(CWA)最優秀新人賞を受賞。
日本でも1995年に成川裕子の翻訳により出版され、ロングセラーとなった1冊である。

友人2人と、女性3人で閉鎖的に暮らす資産家、フィービ・メイベリーの屋敷内の氷室で、動物たちに食い荒らされて身元不明となった死体が発見される。
この事件は、10年前に屋敷で発生した、フィービの夫であるデイヴィッド・メイベリーの失踪事件を嫌でも連想させるが、どうも交わりそうで交わらない。
死体は誰だったのか、デイヴィッドはどこへ行ったのか。
幾度も訪れるどんでん返しの末に明かされる複雑に絡み合ったふたつの事件の真相。
明確な主役を設けず、主観をコロコロと変える独特の切り口は、誰もが怪しいという状況を作り上げ、敵から味方から全員を疑いたくなるほど見事であった。

本作の面白い部分は、"誰が殺したか"ではなく、"誰が殺されたか"が謎の主軸に置かれていることだろう。
科学捜査が未成熟の時代という舞台設定も相まって、死体が誰かによってシナリオが大きく変わってくるため、ある種の多重解決モノ的な要素を持っていたとも言える。
また、10年前の事件に固執し、死体はデイヴィッドであると信じたいウォルシュ首席警部と、容疑者のひとりであるアン・カトレルに惹かれていくマクロクリン部長刑事の微妙な距離感や心の変遷など、人間ドラマ的な要素や、フェミニズムやジェンダー論にも通ずる社会問題にも触れていて、ミステリーを読んでいるというよりも、実在の事件を題材にしたドキュメント作を読んでいるような気持ちにもさせられた。

海外小説の翻訳であるため、テンポ感には慣れが必要。
小気味よい国内作家の小説ばかり読んでいたので、装飾文がクドく感じられてしまうし、スラングや文化の違いなど、細かい部分での著者のセンスを正確に受け取れないのが惜しまれる。
原文で楽しめるようになれば良いのだが、このボリューム、僕のTOEICのスコアでは冒頭だけで音を上げることになりそうだ。



【注意】ここから、ネタバレ強め。


正直なところ、結末には不完全燃焼。
サスペンスものとしては、最後の決戦はハラハラドキドキなのかもしれないが、謎解きミステリーとして読んでしまうと、なんというか地味。
行方不明者のリストが出た段階で、条件に合致していそうなのにろくに検証もせず対象から外してしまっていたから、まさかとは思いつつも"そういう結末はあり得るな"と推測していたところに、本当に着地してしまった感がある。

ただし、ひとりひとりの小さな悪意が、フィービたちの10年を失わせるほどに巨大な悪意に発展していた、という結果については、考えさせるものがある。
10年前の事件について、デイヴィッドの死体は結局見つかっておらず、フィービと失踪事件の関連は認められていないのに、村の住人がフィービたちを村八分にして私刑をしていたとなれば、まさに行き過ぎた"自粛警察"の成れの果てだろう。
そもそも、首席警部の私情で、失踪事件を殺人事件だと決めつけて煽るなんて、大丈夫なのか、英国警察。
氷室を調べていなければ、金庫も見過ごしかけていたけど、当時の警察の評価ってこんなものなのだったのだろうか。

何はともあれ、デビュー作で、この二転、三転するプロットを書き上げたのかと思うと、恐ろしい。
この後も、いくつかの長編を書いており、文章も洗練されていくであろうことを踏まえれば、その後の評価が高い作品も読んでみたいものである。
海外ミステリーは、ほぼ未開拓の状況。
まだまだ楽しむ余地があるというのを、喜ぶべきか、絶望すべきか。
おススメがあれば教えてほしいものである。


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