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【ミステリーレビュー】誘拐の日/チョン・ヘヨン(2021)

誘拐の日/チョン・ヘヨン

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米津篤八の翻訳により、2021年、日本でも文庫化された韓国ミステリー。

最近では、中国や韓国のミステリーが邦訳される時代になってきたようで。
娘がダンスレッスンに通うようになって以降、K-POPに触れる機会も増えてきたため、どうせだったらミステリーにも触れておこうかと手に取ってみた。

娘の手術費用のために、元妻の誘いに乗り誘拐を決意したミョンジュン。
しかし、いざ目的の豪邸に潜入しようとする前に、ターゲットの少女・ロヒを車で轢いてしまい、ロヒは記憶を失ってしまう。
結果的に誘拐を成功させたミョンジュンだが、親に身代金を要求しようにも連絡がとれず。
不思議に思っていたところ、ロヒの両親の死体が発見され、誘拐犯であるミョンジュンは殺人の容疑者に。
天才少女・ロヒ、純朴で愚鈍なミョンジュンのコンビと、刑事であるサンユンの視点を中心に、事件が二転三転していく巻き込まれ型ミステリーである。

正直なところ、序盤は退屈。
誘拐をして、更には少女を轢いてしまっているというのに、あらすじから推定できる範囲の展開に留まっているからか、どうもハラハラドキドキしない。
各々のキャラクターが見えていない中では、誘拐犯なのに優しすぎるミョンジュンのスタンスにも、高圧的で我儘なロヒの物言いにも、なんだか引っかかる。
韓国文化に馴染みが薄く、人名や料理が頭に入ってこないというのもマイナス要因になっていて、なんだか読みにくいな、と思ってしまった。

その印象が反転するのが、中盤以降。
パズルのピースが出揃ったかな、といったあたりから、急に物語が動き出す。
世界観への慣れなのか、二転三転する展開の上手さなのか、サンユンが真相に迫っていく過程では、そのスピード感に飲まれてしまいそうになった。
やはり、誘拐犯の逃亡劇としてはスリルやサスペンス性が薄く、むしろハートウォーミングな香りすら漂わせるのだが、主人公にミョンジュンを据えた本作ならではの味わいなのだろう。

これをハッピーエンドと捉えるかどうかは解釈が分かれそうだが、自分の巻き込まれ体質により、誘拐犯にまでなってしまうミョンジュン本人がそこまで悲壮感を出していないのに救われる。
後味にすら影響を与えてしまうキャラクターの強さ。
彼らには平穏に暮らしてほしいと思う一方で、もう一度ミョンジュン&ロヒが難事件に巻き込まれるところを見てみたい気持ちが生まれてしまった。


【注意】ここから、ネタバレ強め。


序盤で、ミョンジュンが感情に流されるままに立てた推察が、最終的な答えに繋がっているというのが、気が利いているなと。
容疑者候補になる登場人物が少なく、ミステリーとしては実はシンプル。
そのシンプルなシナリオを複雑に見せる背景には、作者によるブラフの上手さがある。
いかにも不審な行動をとっていたのは、実は善良な動機からでした。
と思っていたら、やはり裏がありました。
この展開を徹底することで、犯人を視界から消したり、容疑者に復活させたりしていて、どんでん返しを生み出しては、物語を盛り上げているのが圧巻。
実質的に答えのようなヒントが出ていても、やたら引っ張る節があり、その点ではやきもきするのだが、素直に考えれば辿り着く真相に、なかなか辿り着けないのだ。

扱っているテーマは重め。
医療ミスに人体実験、エイズに貧困。
韓国における学歴主義の軋轢なんかも踏まえておくと、背景がより立体的になるのかもしれない。
誘拐と殺人が別事件として扱われ、チームが組成されるくだりにも、妙なリアリティがあった。
誘拐された子供の安否がわからない以上、犯人を刺激するような報道も規制され、ミョンジュンが逃亡生活にさほど困らない。
追われる誘拐犯、という設定を作り出しながら、スリリングな展開に持っていかないのが、新鮮で興味深かったな。

天才的頭脳を持つロヒ、実は現役警官をあっさりと締め落とす強靭さを持つミョンジュン。
ミステリーもののバディとしてはこれ以上ない二人だが、もう少し事件解決に結びつく印象的なシーンがあれば。
なんとなく、真相を導き出す役目は別視点のサンユンが引き受けることが多く、もったいない気がしてしまう。
これについては、もう属性やスペックを隠さなくてよくなった次作で本領発揮、という展開を待つことにしよう。
ミョンジュン、しばらくは誘拐犯として捕まっているのだろうけど。

#夏の読書感想文

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