見出し画像

【ショートショート】眠れる国の美女

とある国の王子様は、ひょんなことから隣国の王子様と意気投合した。
それを機に国交が深まり、ふたつの国は大いに繁栄することになる。
王子の国は自然が豊かで食物が豊富にあったが、それ故に他国からの侵略に警戒する必要があり、隣国は武器の開発に長けていたが、資源に乏しく生活は輸入品に頼っていた。
ふたつの国が同盟を結んだことにより、双方の不安が解消されたのだ。

やがて王子は結婚することになった。
祝福に訪れた隣国の王子に、こんな約束をする。

「実はもうすぐ女の子が生まれる予定なんだ。君ももうすぐ結婚すると聞いている。男の子が生まれた暁には、娘を嫁がせよう。国の垣根を取っ払って、ひとつの強大な国にしようじゃないか。」

隣国の王子は快諾する。
しかし、隣国の王子はなかなか子宝に恵まれず、既に娘は16歳になろうとしていた。
その頃には王様になっていた王子は、約束を反故にするつもりはないものの、娘の縁談を考えなくてはいけない時期に差し掛かっている。
隣国に男の子が生まれるかどうか、森に住む魔女に占ってもらうことにした。
魔女は、こう予言した。

「3年後、無事に男の子が生まれるだろう。しかし、結婚はできそうもないね。」

王様は考える。
確かに、生まれるのが3年後では、娘は19歳になっている。
男の子が結婚できる年まで独り身となれば、王女として顔が立たない。
それを待って結婚したとしても、子宝に恵まれるとは限らない。
どうにかして、約束を果たすことができないものかと頭を悩ませた王様は、ひとつ魔女に依頼をした。

「魔女の魔法で、若さを保ったまま20年先まで娘を眠らせることはできないだろうか。」

魔女はニヤリと笑って答える。

「お安い御用だ。ただし、予言は外れないがね。」

王様は、最後の台詞を訝しく思ったものの、約束を果たせることを喜んで、娘が眠るための宮殿を建設する。
ところが、最後まで抵抗していたのは、娘本人であった。
彼女には研究者になるという夢があった。
20年も眠ってしまえば、その間に科学は進む。
娘がいくら勤勉であっても、20年前の科学知識など、役に立たないだろう。
まして、王女という立場もあり、研究室に入ることも許されなかった娘である。
それに加えて、知識の陳腐化という大きなハンデキャップを負うのは耐えられなかったのだ。

押し問答が続いたが、意外なことに、娘を納得させたのは魔女だった。

「研究者になるという夢は、20年間眠ることで叶うだろう。目覚めてからすぐにでも、お主は大きな研究所から声がかかるはずだ。もちろん、眠っている間は、不老不死となることも約束しよう。」

王女が研究者になることの難しさを痛感していた娘は、夢が叶うのであれば、と魔女の魔法を信じることにした。
無防備となる眠りの間も、安全が確保されているのであれば申し分ない。
こうして、娘は宮殿にひとりきりで、20年の眠りに着くことになったのである。

そして、時が過ぎる。
娘は、とある研究機関で、名目上は研究者として過ごしていた。

彼女が眠りに着いてから10年後、海底で自然発生した毒ガスが大陸ごと包み込み、多くの国が滅亡した。
彼女の国も、その隣国も、誰一人として生き残ることができなかった。
魔法により死ぬことができない彼女を除いては。

それから更に10年が経ち、大陸に充満していた毒ガスが消え、調査が可能となったところに、魔法から目覚めた娘が立っていたのだった。
彼女を発見したとある軍事国家は、センセーショナルな生き残りの存在は公にせず、国の研究機関に保護させた。
毒ガスの抗体を持った唯一の人物として、彼女を毒ガス兵器の開発に従事させることにしたのである。
眠っている間に毒ガスを浴びた影響か、彼女は結婚の約束も、研究者になる夢も忘れてしまっていたのだが、それで良かったのかどうかは、誰も知らない。

#熟成下書き

この記事が参加している募集

熟成下書き

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?