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「八つ墓村」と古本の匂いとベストレビュアーと。

ありがたい話で、note×「WEB別冊文藝春秋」のコラボレーションお題企画「#ミステリー小説が好き」にて、ベストレビュアーに選出いただいた。
ミステリー小説のレビューは今までも書いていたし、企画のためにスタイルを変えたわけでもなく、いつもの更新にハッシュタグを追加したぐらいの感覚ではあったのだが、改めて"レビュー"を評価されるというのは嬉しいことで、日が経つにつれてじわじわと実感が湧いてきている。

結果発表会の様子はアーカイブにもなっていて、ミステリー読みであればコンテンツとして面白いかと。
レビュアーとしての示唆もたくさんあったが、単純に読みたい本が増えた。

さて、こういう機会でもないと、ミステリーを読むようになったきっかけなどを話すことなんてないな、と思ったので、今日のテーマは「八つ墓村」にした。
言わずと知れた、金田一耕助シリーズの長編第4弾である。

幼少の頃、9時になったら寝室へ、だけど寝室のテレビでは火曜サスペンス劇場が流れている、という環境で育ったこともあり、ミステリードラマを最後まで見たい、犯人を知りたい、というのが、いつのまにか意識の底に定着していた僕。
ホームズやらポアロやら児童書にもなっている定番ミステリーを読み出すのは時間の問題といったところで、児童書を除いてはじめて手に取る小説が横溝正史だったのも必然だったと言えるだろう。
もっとも、小学生のときに文庫本を買うなんて発想はあまりなく、夏休みに祖母の家の倉庫を探検していたら、偶然、母がかつて読んでいた小説群を見つけたのが直接のきっかけ。
蔵書の中で、唯一知っている作家名が横溝正史であり、作品名となると「八つ墓村」一択だった。

読んでみて驚いたのは、名探偵であるはずの金田一耕助がそんなに出てこないこと。
テレビ版の再放送をどこかで見たのだと思うが、金田一と言えば古谷一行が駆け回っているイメージがあったので、もっとバリバリ活躍するものだと思っていた。
なんなら、読み終わっても金田一が活躍した印象がさほどなく、これが原作か、と衝撃を受けたのである。

とはいえ、それで気持ちが萎えることはなく、むしろ因習めいた村で巻き起こるおどろおどろしい連続殺人。
テレビのサスペンスではこうはいかない、という殺人の連鎖と、土着的な世界観に引き込まれていく。
文体は古めかしく、小学生にとっては小難しさはあるのだが、それも戦後の空気を追体験しているようなタイムスリップ感があり、楽しさが勝る。
日に焼けて黄ばんだページと、ツンとする古紙の匂いも、没入感を高めてくれていた。
半日かけて読み終えると、余韻冷めやらぬままに、一緒に発掘していた「本陣殺人事件」まで一気読み。
こちらも、金田一耕助のデビュー作であるとか、日本家屋における密室トリックとしては史上初であるとか、ともすれば下駄を穿かせたくなる予備知識なしで読めたのが、今になって良かったなと思う。

翌年、「金田一少年の事件簿」がドラマ化され、通っていた小学校ではミステリーブームが発生。
"謎"の魅力に憑りつかれたまま、今に至るのだが、実のところ、横溝正史の作品は、その後、あまり読んでいない。
夏の日差しと、風が吹く度にむわっと鼻を刺激する紙の匂いがセットになって、あの衝撃を記憶してしまったせいか、本屋で買った金田一は、ピシッとスーツを着てポマードで髪を固めているのでは、と思えるぐらい別物に見えてしまって、他の作家に逃げているのかも。
神保町の古書店で探してみたら、同じ匂いがする年代モノの文庫本が見つかったりしないかな、なんて思ってはいるのだが。

ちなみに、noteにミステリーのレビューを書くようになったきっかけは、20代あたりで読んだ本の内容がさっぱり思い出せない、犯人を教えられてもピンとこない、ということがしばしば発生したため。
これが30代後半に差し掛かっての脳の衰えというものか、あるいは読書がルーティンになりすぎて、作品との向き合い方が雑になっていたのか。
いずれにしても、備忘録を書くことで本を楽しむ気持ちを思い出し、記憶を定着化させようと目論んでのことである。
その結果として、誰かが、この本、読んでみようかな、という気になっていただけたのなら幸い。

いつか横溝正史も読み直すつもりではいるのだが、フラットにレビューが書けるだろうか。
思い入れが強いだけに、ちょっと自信がない。


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