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日記「は」

虫歯がある。
パートナーに歯科検診を受けるように勧めていたらだんだん自分も不安になり、ついに相手よりも先に歯医者に行ってしまった。
町に歯医者は多い。最寄りのコンビニよりも近いところにすでに歯医者が2軒ある。
整骨院もすごい気がする。産婦人科は少ない。

何かつらいバイトをしていると歯がどんどん欠けて、次から次へと生えてきてはボロボロと取れていくのを繰り返す(保健は降りない)という夢を見た朝、ついに歯医者のHPを開いた。
これまでの長い人生で歯医者に行ったことがなかった。それを密かに誇ってもいた。だがもういても立ってもいられずに予約。歯医者に行こうと決意してから15分後には歯医者である。人生のこのいびつなスピード感。

のれんをくぐるとはたしてそこは歯医者であった。
ライトグリーンと無垢材的なクリーム色で統一されたほこり一つない空間。これまでさまざまな病院に世話になってきて、各々その清潔さには驚いてばかりだったけど、そのなかでも歯医者の清潔さは頭抜けているなと思った。
物理的に清潔なだけでは飽き足らず、店内のモチーフまでもが清潔だ。
この空間に存在する最も汚いものが自分の口腔環境なのだなぁと力づくで納得させられる。
そしてその汚穢の権化たる我が口腔も、この空間の圧倒的清潔さによって祓われるのであるな……という信頼感も増していく。

歯医者の仕組みについて何も知らなかったけど、その医院では基本的に歯科衛生士の方が歯を見て、必要に応じて歯医者が現れると言うスタイルだった。
さまざまなサイズ、さまざまな機能のマシンで口の中を詳細に調べられる。頭の周りを回転する巨大なレントゲンもあれば、奥歯に突っ込む極小のカメラもある。多様なアイテムが口の中を探るという目的で使われている。口の中が今、ものすごく「解釈」されているなぁと感じた。

結果。
最奥歯が親知らずであること、それが二本とも虫歯になっているという事実を告げられた。生まれて初めて見る自分の親知らずは他の歯と一緒に自然に並んでいるように見えて、やはりどことなく自信がなさそうだった。
そしてコーヒーを飲んだカップを放っておいたみたいなシミがついている。
やはり虫歯は黒い。反論の余地がない。

虫歯の説明をされる。まだ初期段階だし大人の歯は硬いから、進行はとても遅いのだという。子供の知識でストップしているので虫歯はみるみる進行するものだとばかり思っていた。へぇと思う。
ゆっくり考えてもいいですがどうしますかと聞かれる。
ゆっくり考えることにした。

医院を出ると歯石を取り除かれた口内が物理的に激変している。
新しい指が一本生えてきたくらいの違和感がある。

病院に入る前と同じ場所で何かの工事をしていて、その時と同じ人が交通誘導をしている。
そのことが突然、何か途轍もなく信じられないことに思えた。
前を通る時、気づかれないようにそうっと、新しく開通した歯の隙間に唾液を通してみた。

スーパーに寄り、2割引のメロンパンを買って新しい歯で食べながら帰った。

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