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【短編SF小説】2050年の生活④

シーン4「他者」


寝ている間に毛布から出ていた右腕が冷たくなっている。

二の腕の部分は特に冷たくて、それを温かい方の手で何度も触る。手のひらは舐めるようにゆっくりと肩の肘を往復し、やがて冷たい二の腕と温かい手のひらは、どちらが自分なのか、どこからが自分なのか、その境界線はぼやけてしまった。

昼寝をしたようで、もう14時過ぎだった。

体を起こして部屋を少し歩く。
身体が重力に負けそうになる気怠さが心地良い。

天気が良いから窓を開けて鼻から空気を吸うと、すっかり散歩の気分になった。外気で少し鼻が痛い。重めのコートを羽織ってブーツを履く。

しばらく歩いた後、老人が1人で営業している小さな喫茶店に入った。コロンビア産のコーヒーを待つ間、淡々と支度をする老人の様子を、少し離れた席から眺める。

長距離ドローンが運んできたであろうコーヒー豆は、遠く離れたコロンビアからこの喫茶店に辿り着いてコーヒーになる。

コロンビアから直行便で運ばれたコーヒーは、いつどのタイミングでコロンビア産になるのだろう。何がコロンビアたらしめるのか。普通に考えてそれは収穫時点で決まっている事ではあるが、昼寝でぼんやりしているせいで、そんな事を考えていた。

ノルウェーに届き、焙煎された後、ミルで挽かれ、この上品なカップに注がれる。コーヒーになるまでの肝となる部分がこの店であるならば、寧ろこれはノルウェーのコーヒーとも言えなくもない気がしてくる。

アート産まれの私は、日本産だが日本人ではないのと同じで、やはり国名なんかでは何事も線引きできないし、そんな事はする必要はない。

飲み終えて帰ったら猫に餌をあげよう。

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