なまはげを 書 にして贈る👹🖌(10)
🖌 コロナ後初の三重旅
7月30日~8月3日、家族の法事とお墓参りをしに三重に旅をしていた。
コロナ禍東京23区を出る用事をことごとくキャンセルしていたから東京を脱出したのは3年ぶり位になる。今回は車移動で片道500km。逢う人もぐっと少なくゆったりとした旅だった。法事以外で行きたい場所が1か所だけあって、それは彼の場所「伊勢神宮とおかげ横丁」だった。
書作品を作ってもらっている太田さんが住む伊勢市は「東名高速→伊勢湾岸道路→東名阪自動車道→伊勢自動車道」というルートで到着する。今回久々のドライブで驚いたのは各サービスエリアの充実度だった。ランダムで休憩に立ち寄ったSAは古い建物がどこもかしこも綺麗になってトイレまで近代化している。代わりに昔各SAのインフォメーションに置かれていた高速道路地図が皆無だった。今はナビを着けていない車はまず無いし当然の流れなんだけどアナログ人間の私的には少し淋しい。
伊勢市は高い建物が無い。これは市の取り決めらしい。そりゃあそうだろう、景観的にもそうだけど人が神宮を見下ろすわけにはいかない。だから伊勢の空はやたら広い! 東京とは桁違いの空が頭上一面に広がっていた。
伊勢神宮に電車で行く人にも車で行く人にも便利なサイトを紹介したい。
「らくらく伊勢もうで」という伊勢に来る人の為に作られた痒いところまで手が届く観光情報サイトのトップを貼っておこう。
伊勢市営の駐車場はかつて無料だったエリアが有料に変わっていた。その分すごくきれいに整備されていておかげ横丁、内宮(ないくう)への道も判りやすくなっている。案内所が造られパンフレットが置かれ人も配置されていた。何よりトイレの場所があちこちに増えトイレ渋滞が無かった。今年は暑さが厳しく帽子とペットボトルは必需品だった。孫たちは自分への実用的お土産として扇子を買って暑さを凌いだ。
私たちは🅿3に車を停め、地下道を抜け、おはらい町、内宮の鳥居をくぐりお参り。五十鈴川に架かる宇治橋を渡るとそこには別世界が広がっていた。大昔は人家だったという砂利道を歩き、暫く行くと右手に手洗い場がある。いつもなら杓ですくって手水をかけるのだがコロナ禍で杓が無くなっていた。御手洗場(みたらし)からちょろちょろと零れ落ちる水を両手で受けて清めさせていただく。
手を清める場所は本来はそこなのだがもう少し先に進むと右手に五十鈴川の水に直接触れられる砂利場所が見えてくる。私たちは昔からお参りの際はそこに行き冷たい川の水で手をバシャバシャと清めていた。昔は硬貨が底に沈んでいて川岸にはタニシがへばりついていた。今は硬貨は投げてはいけないと立て看板がありタニシも暑いせいか見つけることができなかった。代わりというか、川の主のように5センチ以上ある蟹がゆったりと石づてに動いていた。
伊勢神宮のサイトがあり参拝や祈祷のモデルコースが紹介されている。
「伊勢神宮」
伊勢神宮 (isejingu.or.jp)
私たちは御朱印を授かり帰ってきた。
市営駐車場から内宮への通り道がちょうどおはらい町の通りになっている。ここの建物は郵便局も銀行も私たちが普段見る建物とはまったく別物だ。昔懐かしいドラマに出てくるような姿がそこに在る。
三重を縦断している国道23号線は別名餅街道とも呼ばれている。昔伊勢詣でをする人が旅の途中に腹を満たした街道の名残りだそうで、三重はそれゆえ餅関係のお土産屋さんが多い。おはらい町でも餅屋、だんご屋、ういろう屋さんなどたくさんのお店が並ぶ。群を抜いて人もお店の数も多いのが「ほまれの赤福」であり、おはらい町の真ん中ら辺に位置するおかげ横丁を作ったのも赤福だ。
夏場は赤福氷を売っていてこれが一番人気で、どの店も赤福氷目当ての観光客がずらっと並んでいる。本店だけは従来の姿のままで、畳に座り五十鈴川を眺めながら皿に2つ並んだ赤福と冷たいほうじ茶を頂くことができる。
本店だけは赤福氷を売っていない、昔ながらのスタイルを保つ。
畳の間に着く前に左手のガラス越しにお姉さんがふたり、座って赤福を作っている姿が見える。大きな鉢に二人が向き合い、一人は餅を丸め一人は餡を指で形どり餅と合わせる。この光景は昔から変わっていない。指で模られた赤福の餡の波は目の前の五十鈴川のさざ波を表している。五十鈴川を見ながら一息つき頂く赤福餅とほうじ茶には格別の趣がある。
畳に座ると五十鈴川の水面を通ってこちらにやってくる風が外の気温を忘れさせてくれるほど涼しい。畳の無い暮らしになり初めて畳の良さが解る。誰も居なければ寝ころびたいほど贅沢な和の場所だった。
おはらい町とおかげ横丁には元三重県人の私にとって懐かしい食べ物がたくさんある。赤福もそうだが、伊勢うどん、てこね寿司、松阪牛の串、まる天、まるかつ、焼き立てを試食させてくれる干物屋さん・・・etc。前回美味しかったお豆腐ドーナツ、豚捨という並んで食べるコロッケ屋さんも外せない。今回見つけたプリン屋さんやすみっコぐらしの新しいお店も増えていた。
昔懐かしい子供用玩具もあった。駄菓子屋さんもあった。おかげ犬グッズや松阪木綿や組紐などの工芸品も東京より安価で買えた。ただ、探したけど見つからなかったのが焼き蛤のお店と紙漉き和紙の実演販売のお店、これはちょっとショックだった。
伊勢市営駐車場からおはらい町への地下道の中も見応えのある美術館のようだ。ゆっくり見ているとなかなか前に進めない、でも好きなら読まずにいられない、といった場所になっている。
この地下道のおかげ横丁側出口へ上がる階段の左側に女性が好きそうなポイントを発見した。ピンクのハートの形をした石が埋め込まれている。昔は無かった手摺りが手前にあるので気づかず通り過ぎてしまいそうな場所だけど。誰かいつか伊勢にお参りに行く際には思い出して探してみてほしい。
伊勢とは関係ないけど、メロンパンの話。帰りの東名浜松上りSAで買ったメロンクロワッサンが滅茶苦茶美味しかった! 2個買ったので2個目を食べる前に写真を。東名のメロンパンと言えば言わずと知れた海老名SAなんだけど浜松上りSAのは同じ金額で2個買える安さと縦長で車の中でも食べやすいのがメリット。そしてあの爆発的に売れてるメロンパンに負けず美味しく並ばず買える。ということで私のイチ推し商品だ。
🖌 身を清めよう!
8月4日、ポストに伊勢からの郵便が届いた。つい先日訪れた伊勢のお塩だった。二見は今回は行けなかったけど写真を見てると前回の旅を思い出す。夫婦岩には蛙の置物がいっぱい並んでいた。お伊勢参りに来た人が「無事帰る」のを祈ってのことなんだろう。伊勢に居るときにこの町のどこかで太田さんが居るんだなと感じていたからその思いが届いたのかもしれない。お礼のメールを送った。感謝。
🖌 待ち遠しい日々
8月23日、お盆も終わり毎日の最高気温は30度後半から30度前半まで落ち着いた。今年の夏は6月後半からの異常なほどの酷暑の夏となった。日本中が動き回った結果新型感染者数も再び上昇し始めた。最近は陽性者数ではなく死者数が上がっていることが気になる。今日は300人を超え最高値になったそうだ。ウィルスもそうだけど、この温度と湿度が人間の免疫力を低下させていく。その力も貯金のようなものであり随時補給してあげないと底をつくのかもしれない。日常の規則正しい生活や運動を心がけることが先ずは必要なようだ。
最近三重の悪いニュースをよく目にし悲しい。コロナで死者が出ていたり、アイドルにつぎ込んで横領した人のニュースだったり、三重も広いからいろいろ負の報道もある。心配だし時たま無事か確認メールなどもしている。いつになったらコロナは落ち着くのだろう。元々今までの風邪もコロナウィルスだということだし、ゼロコロナは諦める。でもwithコロナは順調に進むんだろうか。三重は高齢者が多そうで私の知り合いにも多い。自分の体もそうだけど無事に「その日」を終えることを毎日願うしかない。どうぞ私が知っている人たち皆を守ってほしいと空に向かって願う。
お盆が過ぎたらそろそろ額に入った完成品が太田さんの手元に届くのかなと思い心待ちにしている。現品は秋田直送になるだろうけど写真ででも見せてもらえたら。焦らせてはいけないと思うけど一刻も早くという思いもある。どんな風に仕上がるのか、その連絡が待ち遠しい。
ACMFのサイトを見たけどまだタイムテーブルやエリアマップが出てこない。今月中にはアップされるかな。アップされるとまた少し現実味が湧いてくるんだろう。この「なまはげを 書 にして贈る👹🖌」もそろそろ公開する時期になってきた。作品が完成し写真が届きその写真と共にこの note も毎日更新にしていけるといいなと計画している。
なまはげを 書 にして贈る👹🖌(11)に続く
なまはげを 書 にして贈る👹🖌(11)|すぎもとかよこ|note
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