カノジョに浮気されて『八犬伝』かおとぎ話かわからない世界に飛ばされ、一方カノジョは『西遊記』の世界に飛ばされました⑬

一方、佑月はーー
(なんで俺はーー)
と佑月が思った時、
「この紋所が目に入らぬか!」
と、隣の男が印籠を取り出した。
その印籠には、葵の家紋がある。言うまでもなく、徳川家の家紋である。
「このお方こそは先の天下の副将軍、水戸光圀公であるぞ!」
とその男が言うと、周囲にいた者達が一斉に平伏した。
「そこの悪代官、実に不届き至極、神妙にせよ!」
と、隣にいるもう一人の男がいう。すると、
「ははーっ!」
と、目の前にいる平伏した男が声をあげた。
(なんで俺は水戸黄門になってるんだーー)
と佑月は思ったが、そう思った佑月には、立派な白い髭が生え、頭に黄色い頭巾をかぶっている。
どう見ても、江戸時代の裕福な隠居の姿である。
(俺は花の10代だぞ!思春期真っ盛りだぞ!)
「それでは黄門様」
と、印籠を持った男が言った。何かを促されたらしい。
(えーと、こういう時はなんて言うんだっけ?)
佑月はしばらく考えた。
周りはみんな平伏している。みんな佑月の言葉を待っているらしい。
「ーーこれにて一件落着!」
佑月が言うと、周囲の者が皆、
「ははーっ!」
と声をあげた。
「ーーそれでは格さん、行こうか」
と佑月は印籠を持った男に言った。
「私は佐々木助三郎です」
とその男は言った。
「あ、ごめんなさい……」
「……?」
不審な目を向ける助さんから目を背けて、佑月は歩き出した。
(どっちが助さんでどっちが格さんかなんて覚えてねえよ!なんだよこれ、いつまで続くんだよーー)

悟空が芭蕉扇を奪ったのと入れ違いに、牛魔王が芭蕉洞にやってきた。羅刹女から芭蕉扇を奪われたと聞いて、
「よし、儂が取り返してきてやる」
と牛魔王は言った。
一方、悟空は芭蕉扇を小さくする方法を知らなかった。
大きいだけならまだしも、重い。
「須弥山と峨眉山と泰山にも押し潰されなかった俺がこんなに重いと感じるとは……」
悟空も怪力自慢だが、この重さには閉口した。
そこに前から八戒がやってきた。
「おーい兄貴、お師匠様が心配して俺に様子を見に行かせたんだ。それが芭蕉扇か?重そうだな」八戒が言った。
「ああ、俺でも持ち運ぶのがやっとだ」
「でも良かったな、これで山を越えられる。ご苦労さん兄貴、芭蕉扇は俺が持ってやるよ」
「ああ、ありがたい」
悟空は八戒に芭蕉扇を渡した。
「わっはっは、まんまと欺かれたな」
と言ったのは、八戒に化けた変身を解いた牛魔王だった。
「あ!牛魔王!」
「兄貴と呼べ斉天大聖」
悟空は如意棒で打ちかかったが、牛魔王は混鉄棍で応戦した。そして機を見て雲に乗って逃げ出し、
「義兄弟のよしみで、今日のところは見逃してやる」
と言って去っていった。
仕方なく悟空は、海松のところに戻って芭蕉扇が奪い返されたことを話し、
「こうなったら牛魔王を動かして羅刹女から芭蕉扇を貸してもらうしかない」
と言った。
「今さっき牛魔王に芭蕉扇を奪われたばっかりじゃないか」八戒が言った。
「だから玉面公主を動かすんだよ」と悟空。
「玉面公主って誰?」海松が言った。
「牛魔王の第二夫人です」
「ちょっと待って、牛魔王って羅刹女の旦那さんでしょ?一緒に住んでないの?」
「ええ、牛魔王は玉面公主と一緒に住んでおります」
「ふーん……」みるみるうちに、海松の機嫌が悪くなった。
「牛魔王が玉面公主のところにばっかりいるものだから、羅刹女はいつも機嫌が悪くて、それで今回の件もこじれてるってところがありましてねついさっきも羅刹女は大勢の妖怪を呼んで酒盛りをしておりまして、日頃の憂さをああやって晴らしてたんでしょうね」
「お猿さん」
「はい?」
「何でもいいから早く行ってきて」
「わかりました。でも前から言ってますように、孫行者と呼んでくださいってーー」
「早く!」
「わっ、わかりました!」
いや兄貴、女が相手なら俺の出番だ。俺がちょっといい男に化けてたらしこみゃあーーあれ?お師匠様どうしました?」
海松はむっつりとした顔で、話を聞いている。
「お師匠様は玉面公主の話になると機嫌が悪くなるんだよ。お師匠様は時々女っぽい時があるからな」
「南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経!色即是空、空即是色!」
と海松が唱えると、
「いててて!」
と悟空が頭を抱えて喚きだした。
「あらごめんなさい」
と言って、海松は唱えるのを止めた。
「ーーで、どうしましょう?」
と、悟空が頭を抑えながら言った。
「何でもいいから早くして」
と海松は言った。
「よし、じゃあ俺が玉面公主のところに行って、牛魔王との間を取り持つように頼んでやるよ」
と、八戒は雲に乗って積雪山に向かった。
八戒は積雪山に着くと、艶やかな色男に化け、洞の門を叩いた。
玉面公主が顔を出した。
「ーーどなた?」玉面公主は言った。
(おー、これはまさに俺好みの女だ!)
と八戒は玉面公主を見て、胸をときめかせた。
「私は猪八戒という者ですが、牛魔王の兄貴はいらっしゃいますか」八戒は言った。
「牛魔王の兄貴?」
「ええ、私の兄弟子に孫悟空というのがいまして、孫悟空は牛魔王の兄貴と義兄弟の契りを結んでおりますから、牛魔王の兄貴は俺にとっても兄貴だという訳ですな」
「牛魔王は今いませんけど」
「それは良かった!好都合だ」
「好都合?」
「ああいや、こっちの話。すみませんがここに来るまでに喉が渇きましてね、お茶を一杯頂けませんか?」
「ーーどうぞ」
玉面公主は八戒を中に通した。
「ーー実はですね、私は三蔵法師という偉いお坊さんと共に西域に取経に行く旅をしているのです。非常に功徳のある行です」
「はい……」玉面公主はは多少興味を持ったようだった。
「何か悩みがおありですか?」
「ーーはい、旦那様の奥様について」
「そうですか、功徳を積めば悩みは消えていきます。とても穏やかな心を持つことができますよ囚われない心が大事なのです」
「……」
玉面公主は真っ直ぐに八戒を見た。
(よし、食いついてきたな)八戒は思った。
「ところが、我々一行は火炎山のために先に進むことができません。聞くところによると、牛魔王の兄貴の奥さんの鉄扇公主が持っている芭蕉扇で、火炎山の火を消すことができるというじゃありませんか」
鉄扇公主と聞いて、玉面公主の表情が曇った。
「鉄扇公主と聞いて、お心が乱れたようですね。しかしそんな悩みも、我らの三蔵法師が西域からお経を取ってくればたちまちのうちに消えてしまうものなのです」
「そうなんですねーー」玉面公主はうつむきながら言った。
「あなたは素敵な方だ。ここに来てから、私の胸は高鳴りっぱなしです」
八戒が言うと、玉面公主は八戒を真っ直ぐに見た。
「私は次は、もっとちゃんとした形であなたにお会いしたい。取経の旅を終えたあかつきには。そのためには、牛魔王の兄貴が鉄扇公主に芭蕉扇を貸すように頼んでもらわなければならないのです」
「ーーそれをあなた様からお頼みするというのは?」
「もちろんそれが本来の筋です。ところが旅の途中で、牛魔王の兄貴の子の、あなたもご存じの紅孩児に旅を妨害されましてね。そのいきさつで紅孩児を観音菩薩の弟子の善財童子にしてしまったもんで、鉄扇公主も牛魔王の兄貴もカンカンでして」
「まあ」
「それで悟空の兄貴は顔を出すことができず、不肖私がこうやってあなた様にお願いにきたという訳です」
ここで八戒は軽く悟空を貶めた。
「私にそんな力はーー」
「できます。牛魔王の兄貴はあなたに首ったけじゃないですか」
「そんなことはーー」
「できます!あなたなら。そして私は西域のお経を持ってあなたにお会いしたい」
八戒は玉面公主の手を握った。
玉面公主は拒まない。
(へっへっ、好き者だなこいつは)
八戒は油断して、変身が崩れ豚のくちばしがつきだしてしまった。
「きゃーっ!」
と玉面公主が叫んだ。
「ーー何をこの!」
逆上した八戒は、釘鈀で玉面公主の頭を割って、玉面公主を打ち殺した。
死んで、玉面公主は狐狸精の正体を表した。
「わっ!やっちまった、牛魔王が仕返しに来るぞ」
八戒は慌てて牛魔王の配下達を突飛ばして洞を飛び出し、雲に乗って海松達の元に戻ってきた。
「ーーなんてことをしてくれたんだ!」
八戒から話を聞いて、悟空は八戒を怒鳴りつけた。
「やった!八戒えらい!」
と海松は言った。
「お師匠様、これはとんでもないことですよ。これで山は越えられなくなってしまいました」
と悟空は海松をたしなめた。
「あらごめんなさい」
と言ったが、海松は上機嫌である。
「ーーこうなったら、力づくで芭蕉扇を奪い取るしかない。しかし牛魔王は強い。俺でも勝てるかどうか。ここは天界の神々のお力を借りるしかない」
悟空は言った。

悟空が天界に助力をお願いしに行った頃、牛魔王が積雪山に戻ってきて、玉面公主が死んでいるのを見て仰天した。
「ややっ!何者の仕業だ!」
手下に八戒の仕業だと聞いて、牛魔王は怒り心頭に発した。
「おのれ悟空め!貴様など弟でも何でもないわ!」
すぐに洞を飛び出し、雲に乗って海松達のところまでやってきた。

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