【第三十九話】当日おしたく、衣装編|しがない勤め人、国立文楽劇場で藤娘を舞う
場当たりを終え楽屋に戻るとほどなく、
「藤娘さーん、そろそろお着替えでーす。お手洗い済ませてからいらしてくださーい」
と、衣装さんが呼びに来ました。
うーむ、3分前に済ませたばっかりだけど念のため行っておくか。
※衣装を着たが最後、もう行けません。
形ばかりの用足しを済ませたら、
着付けに使う腰紐と伊達締めを持って衣装さんの待つ部屋へ。
ここも姉弟子Nさんが付き添ってくれます。
(脱いだゆかたをたたんでくれたり、あれやこれやしてくれるのです。ありがたいありがたい)
いつぞやのお稽古で、藤娘はなにがすごいのかお伺いした際、おっしょはんはこうおっしゃった。
「藤娘のなにがすごいって、舞台装置でしょ。それから衣装!」
「もうどこもかしこも全部藤!袖も藤、裾も藤、帯も藤。あとすごいのんは・・・」
すごい衣装。
私はこれからそれを着せてもらうのである。
(しがない勤め人なのに、ほんまにええんかな・・・)
まずは着ていたゆかたを脱ぐと、すかさずお腰(アンダー巻きスカート)を巻かれ、袖なしの身頃に衿だけついたものを着せてくれます。
次は長襦袢の上半分。おお、藤の花!
袖も裾も長ーいきものを着せてもらって。
これにもたっぷり藤の花!
刺繍たっぷりのきものはずっしりと重い・・・
次は帯。これまた藤!
黄色いしごき(帯の下側に巻く布。かつては外出するときに長い裾をあげるために使ったもの、らしい)も藤!
ちなみに紫と黄色は補色(正反対の色)。舞台衣装はコントラストが強いんだね。
さてもうひと息。動いてもずれないように、要所要所を糸で留めて・・・
はい、完成ー!の前に、最終確認。
腕上がりますか?
(私、腕を高くあげる動作をする)
えーと、もう少し上げたいです・・・
(衣装さん、脇の後ろ側をなにやらもそもそしてくれる)
はい、これでどうですか?
(おお、さっきと違う!上がる、上がるぞ!)
大丈夫です。ありがとうございました。
長ーい裾をペロッと上げて、持たせてもらって終了〜
さて楽屋に戻る途中、廊下でおっしょはんにお会いしたのでごあいさつ。
「先生、こんなんなりましたー」
「わー♡かわいいかわいいにしてもろて〜」
とお褒めいただいた後、
「そやそや、手を白ぉに塗る前に、袖の扱い、やっといてくださいね、いつもと重さや厚さが違いますよ〜」
とご指導を賜る。
楽屋に戻ると、姉弟子さんが用意しておいてくれた椅子にこしかけて、
そやそや、おっしょはんに言われたあれやっとこ・・・
ずっしり重い袂を持ったり振ったり、あれこれやってみる。
うわ、ほんとだ!重っも〜。大丈夫かな?
もうちょっとやっとこ・・・
などとしていると、おっしょはんが戻ってこられた。
「あ、先生。小道具・・・衣装着る前に見せてもらったほうがよかったですかね?」
ふと私がお伺いするとおっしょはん、ハッとしたお顔になり
「そらあかん。今すぐ行こう!」
いうや否や、楽屋からぴゅーっと出て行かれた。
(続く)
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