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【第三十七話】当日、場当たり編|しがない勤め人、国立文楽劇場で藤娘を舞う
場当たり、とは。
開場前に舞台で立ち位置などを確認すること。
頃合いを見計らい、楽屋から舞台へ移動。いざいざ〜。
トップバッターのかたが中央で場当たり中でしたが、時間がないので並行で。
後ろのほうを使わせていただいて、と。
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わー、広ーい!
3年前と2年前に出させてもらった小ホールの4倍くらいかな?
浜松市民会館くらいかな?
お客さん、どれくらい来てくれるのかな?
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もう30年も前になるけど、
吹奏楽や合唱のときはホールの大きさとか座席数とか、気にしたことなかったなぁ。ワンノブゼムだったからかな。
そうや、足ドンもしとこ。
これスカッと外したらもったいないからな。
(ドンドンと足を踏み鳴らす)
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わー、ええ音すんな〜
あ、おっしょはん。
さすが大ホール、広いですね〜
奥行き、どの辺で踊ったらいいんですか?
あの辺くらいやね。ほら、みんなの足跡残ってるやろ。
(ほんまや・・・)
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などどしていると、
一ヶ月前の下稽古(リハーサル)のときにもいた謎のおっちゃんが私達を見てこう言った。
↓下稽古の様子はこちら
お、藤娘か。背景下ろそか?
なぜかいつもいる謎のおっちゃん(※1)が一声かけると、
天井から藤の花と松の木がわーっと降りてきて、
大道具さんがなにやらほいほいと、舞台中央まで運んできてくれた。
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なるほど、藤と松は二部式なんや。
※藤娘は「10年に一度、藤の花を咲かせる不思議な松の木があり、
そこから藤の精があらわれる」という設定。
おっちゃんは
出入りやっとこか。
というや否や、
藤音頭は?やらんのか、
じゃあ潮来出島か?やらんのな。
ほな最初に立つんはここや。
あー、座席の列で覚えてもあかん、暗ろうて見えへん。
はい、終わったら松の後ろ入る、
あー、もうちょっとこっちから、そう。
次、おんなじとこから笠持って出る、
今度は下手袖に入る、あー、そこちゃうこっちや。
肩脱ぎしてもろたらはい、三枚笠持って。
(いつの間にか音がかかっている)
おーい、その音はいらんいらん◎※×○△□・・・
(音響さんに何やら指示を出す)
(こないだのリハでも変えてたけどまた変えるんや・・・)
まだやでまだやで、まだまだ。はい、出る!
はい、終わったら上手側から松の後ろ入る、
笠と藤もろて反対側から出る。はい、オッケー。
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(できるやろか大丈夫やろか…<私のこころの声)
![](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/91359618/picture_pc_f530ad07725fbc3df32e1790a0d6cb3d.png?width=1200)
おっしょはんめちゃ心配そうや…
私がからくり人形のようにおっちゃんに言われるがままに出入りを確認していると、
いつの間にか後見(※2)のご宗家ブラザーズ(※3)も現れ、床を指さしなにやらおっしゃる。
松の後ろ入る時ね、ここ、根元。
コーナリングな、裾引っ掛けんように気ぃつけてな。
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・・・藤娘、寄ってたかって感がすごい。
目を白黒させている私に、かつて劇場に勤務されていた姉弟子Nさんはこう言ってくれた。
藤娘はな、関わる人みんながうれしい演目なんや思うよ。
これを舞台にかけられるの、みんなワクワクすんねん、楽しみやねん。
いつもなら、ええ話聞いたわー、がんばろー
と思うところだが、なにも響いてこない。
心の中は無。
いっぽう臓器としての心臓はかつてないほどバクバクしており、
今心拍数測ったら我が人生史上最高値を叩き出すだろうな、
酸素足りてるんかな?パルスオキシメーター持ってくればよかったかな、などど思っていた。
(続く)
(※1)なぜかいつもいる謎のおっちゃん、実は山村若峯董(わかほうどう)先生。
先代宗家(家元)のころから長くおられる幹部の先生。
え、幹部・・・(冷や汗)
でも私にとっては面倒見のいい謎のおっちゃん。
(※2)ご宗家ブラザーズとは、現宗家のご子息兄弟、山村若(わか)先生、侃(かん)先生のこと。
私が勝手に心の中で呼んでいるだけで公式名称ではない。
(※3)後見(こうけん)とは、小道具を渡したり片付けたりいろいろ手伝ってくれる人のこと。
今回は松の木の裏に終始潜んでいるが、演目によっては表に出てくることもある。
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