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長く愛される店に必要なものとは? 『並木橋なかむら』で学んだ3年間【酒井英彰と酒井商会の歩み #05】

酒井です。酒井商会で働くみんなに私の考えをしっかりと伝えたいと思い、私自身と酒井商会の歩みを書いていきます。今回は、30歳にして和食の世界で勝負することを決めた私が、修業先として選んだフェアグランドで、どのような日々を過ごしたのかを書いていきます。

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ゼロから学ぶのに適していた『並木橋なかむら』。

フェアグランドへの採用が決まり、勤務先は渋谷にある『並木橋なかむら』に決まりました。ですが、実をいうと、フェアグランドで働らけるなら、『KAN』で修行したいと入社当時の私は思っていました。

フェアグランドは都内に和食を中心とした店を展開していますが、​​目黒川沿いと銀座にある『KAN』は系列店のなかでも席数が少なく、落ち着いた雰囲気の店です。看板もなく、「大人の隠れ家」という表現がよく似合います。

自分が独立した時には席数が少なく、お客様を近くに感じられる店からはじめたいと考えていました。そのため『KAN』は私の思い描くお店の姿に近く、ここで働くことが独立への一番の近道と考えていたのです。

ただ、振り返ってみると、『並木橋なかむら』に配属されたことは大正解でした。

『並木橋なかむら』は『KAN』と比べると席数が多く、私の働いていた当時は毎日予約でほぼ満席でした。そのぶん、スタッフの人数も多く、それぞれに明確な役割が与えられます。

入店したばかりの新人は「入り口」というポジションで、お客様のご案内、会計、洗い物が担当です。その後「ドリンク」のポジションにつき、ビール、サワーなどドリンクメイク、日本酒、焼酎のおすすめ作成を担当。次は「コールド」。サラダや小鉢などの冷菜やデザートなどを担当。このように、仕事を覚えていくステップが確立されています。

当時の私は、和食の料理人としての経験値はゼロですし、『なかむら』のようなカウンターの店で接客した経験もゼロです。全てをゼロから学ぶ必要のある私にとって、この仕組みは、自分が何に集中して取り組むべきかを明確に示してくれました。

一方、『KAN』は『並木橋なかむら』と比べると少人数で営業していて、料理から接客まで、幅広い対応が一人ひとりに求められます。当時の私が『KAN』に配属されていたら、対応することは厳しかったでしょう。

当然、将来の独立を考えると、全ての役割を学ぶ必要があります。与えられた役割をしっかりと全うし、仕事を少しでも早く上達させ、次のポジションも任せてもらえるようになろう。そう思いながら、『並木橋なかむら』で働く日々がはじまりました。

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料理と接客に純粋に向き合わせてもらった3年間。

最終的に『並木橋なかむら』では3年働きましたが、「いい料理とは何か」「いい接客とは何か」「居心地のいい店とは何か」ということに徹底的に向き合わせてもらった3年間でした。

その前に働いていたゼットンでは、店舗の数値管理やアルバイトスタッフのマネジメントなども担っていたため、仕事中にパソコンを触る時間も多くありました。一方、『並木橋なかむら』で過ごした3年間はパソコンに触れることは一切なく、料理と接客のことだけを純粋に考えることができました。

前述したように、『並木橋なかむら』では役割が与えられますが、それぞれの役割ごとに学ぶべきことや習得すべき技術が山のようにあります。

ドリンクメイクにしても、日本酒や焼酎のことを何も知らないため、様々な種類のお酒を毎日テイスティングしながら、イチから勉強していきました。また、ドリンクに入れる氷は、全て角氷から割っていきます。フェアグランドは代表の中村さんが実際に現場に立っていたBarからスタートしたことがルーツにあり、「おいしいドリンクを作るには氷からこだわるべき」という考えが徹底されています。

ひたすらに学び続ける毎日でしたが、『並木橋なかむら』は料理や接客に真剣に向き合っている先輩・同僚ばかりで、一つひとつのことを丁寧に教えてもらいました。そうした方々に囲まれて働かせてもらえたことは、本当にありがたく思っています。

振り返ると、『並木橋なかむら』で働くまで和包丁を使ったことがなく、最初はネギの切り方ですら怒られていました。店の掃除、器のこと、食材の扱い方も、初歩的なことから全て教えてもらいました。

メンバーの個性は多彩で、20歳前後の若いメンバーもいれば、何十年も和食の世界で包丁を握っている大ベテランの方もいます。私のように洋食の世界から、和食未経験で入ってくるメンバーも少なくありません。そうした多様なメンバーを迎え入れてくれる、実に懐の深い会社だと思います。

いまでも、フェアグランド時代の先輩や同僚とは連絡を取り合っていますが、切磋琢磨しあえる仲間という表現がしっくりきます。こうした出会いを得られたことも、私にとって大きな財産となっています。

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代表の中村悌二さんから学んだこと。

多くのものを得た3年間ですが、そのなかでも、フェアグランド代表の中村悌二さんから教わったことは数え切れないほどあり、そのどれもが私のなかに深く根付いています。

売上規模を誇ったり、話題性を追うのではなく、お客様からも街からも長く愛される店に丁寧に育てていく。こうした店づくりの姿勢を、私は中村さんから学びました。

料理やお酒をはじめ、料理を添える器、店内の内装、寛ぎを演出する調度品、スタッフの立ち振る舞い。その全てのバランスに気を配り、お客様にとって居心地のいい空間をつくっていく。中村さんの美意識や哲学に触れることができたことは、本当に得難い経験でした。

中村さんの料理を見る目は厳しく、季節感はあるか、個性はあるか、盛りつけ方に新鮮さはあるか。さらには料理名に至るまで、お客様に楽しんでもらうために徹底的に考え抜かれているかを問われます。

また、接客においても細かく指導をいただきました。言葉遣いや所作はもちろん、会話における間合い、声の大きさやトーン。電話の取り方ひとつをとっても、「今の取り方は違う」と指摘をいただきます。

「これはいい」「これは違う」と、中村さんは私たちスタッフにいつも明確に伝えてくれます。そして、何がよくて、何がダメなのかを自分で考え、改善を繰り返すうちに、中村さんが大切にしていることが少しずつ見えてきます。

フェアグランドでは、現場で働く一人ひとりが中村さんの考えに触れる場として、月一回、『中村塾』という全体ミーティングがありました。酒井商会でも、『酒井商会』『創和堂』のメンバーが集まって、私の考えを共有する場を設けていますが、これはフェアグランドの取り組みがルーツにあります。

私が思うに、『なかむら』系列の店がお客様から長く愛されている理由のひとつは、中村さんの美意識や哲学が、現場で働く一人ひとりに浸透できているからだと思います。みんなが同じ方向を向いて、お客様に喜んでいただくために、それぞれが日々努力をしていく。そうした文化を築いていくことが、自分が店をやる時にも欠かせないと学びました。

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長く愛される店を育てることが最大の恩返し

酒井商会で働くみんなは、私がいかに細かいかを知っていると思います。おしぼりを出すタイミングひとつとっても、お茶の出し方ひとつをとっても、細かく指摘をしていきます。

こうした私の姿勢は、今回のnoteを読んでもらえるとわかると思いますが、『並木橋なかむら』時代に教わったことを、酒井商会でも大切にしていきたいからです。

お店にいらっしゃるお客様に、私が『並木橋なかむら』出身であることを伝えると、「どうりで、居心地のいいお店になっているわけだ」といった旨をおっしゃっていただくことがあるのですが、その度に誇らしい気持ちになります。

酒井商会では、料理やお酒はもちろん、器などの食器、お店の内装や外装に至るまで、全てのことに意図を込めていますが、こうした姿勢は中村さんから教わったものです。そして、『酒井商会』『創和堂』をお客様から長く愛されるお店に育てていくことが、中村さんやフェアグランド時代にお世話になった方々への恩返しだと考えています。

また、和食経験ゼロの私を中村さんたちが迎え入れてくれたように、酒井商会も懐の広い会社になりたいと思っています。そうして、飲食に真摯に打ち込む仲間の輪を少しでも広げていけたらいいと考えています。


<編集協力:井手桂司>