若葉のころ 酒井孝太

大阪吉本興業所属 超短編小説 ショートショート

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諦めんな!!|超短編小説|ショートショート

「諦めんな!!」 江口がゲキを飛ばしたのとほぼ同時に、試合終了のホイッスルは鳴り響いた。 まるでそのゲキを嘲笑うかのように。 先刻まで誰もが我が物にしようとしていたサッカーボールは、誰にも触れられる事なくラインを割って転がっていった。 部活では長身エースアタッカーとして知られている江口だが、普段は物静かで、授業中も滅多に発言しない。 担任の私ですら彼からそんな迫力のある声が出た事に驚いた。 『3年最後の大会』『これに勝てば優勝』これらの思いがそうさせたのだろう。

    • 「賑やかな街やね」|超短編小説

      田舎を離れこの街に出てきて3年が経った。 ほとんど信号もないようなところで育った僕も、3年という年月の中で、夜も明るいこの大都会の一員という顔をつくれるようになった気がする。 そんなこの街に今夜は恋人がやって来る。 僕の就職を機に3年前から遠距離恋愛となった2人。 年に数回僕が地元に帰った際は必ず会っていたのだが、彼女がこちらに出向いて来ることはなかった。 「都会の空気を吸うてまうとな、なんや自分が変わってまうような気がすんの」 3年前、冬の田んぼに挟まれた畦道を

      • お母さんとポケット|超短編小説

        「うん、うん、そうか。そらあんた嫌やったなあ」 ボクは小学校であったイヤやったことをその日のうちにいつもお母さんにきいてもらう。 「ただいま〜」 「おかえり。今日はどやった?」 さいきんはお母さんのほうからボクがイヤやったことをきいて来てくれる。 今日もいっぱい学校であったイヤやったことをお母さんにきいてもらった。 「そらあんた納得いかんわなあ。お母さんやったら怒ってしもてたわ。あんたよう我慢した。偉いなあ」 お母さんにきいてもらうと、学校であったイヤやったこと

        • 細見茂65歳、勤続47年にして初めての遅刻|超短編小説

          「頭あげてください」 若干30歳にして、従業員70人を越えたこの工場をまとめ上げるサトシ坊ちゃんは落ち着いた口調で、先刻から床に目を落とす私に仰った。 「情けない…本当に、本当にすみませんでした」 「そんな大袈裟な。しかし細見さんが遅刻して来られるなんて本当に珍しいですね。僕が先代からこの工場を受け継いだ後では初めてじゃないですか?」 「…はい。18の時に先代に拾われ、65になった今日まで遅刻をした事は一度もございませんでした。勤続47年無遅刻、この細見恥ずかしながら

        諦めんな!!|超短編小説|ショートショート

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        • 超短編小説
          7本

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          今日からお父さんが一人称を「ワシ」に変えた|超短編小説

          今日からお父さんが一人称を「ワシ」に変えた。 いきなり変えた。 会社から帰って来たら変えてた。 でも朝しゃべってないからもしかしたら朝から変えてたかもせん。 家族で晩御飯食べてる時に変えてんのに気づいた。 めちゃくちゃ変な空気流れた。 今日は木曜日。 平日にお父さんが一人称を「ワシ」に変えた。 今日が誕生日とかでもないのに変えた。 49歳で変えた。 49歳7ヶ月で変えた。 49歳7ヶ月でお父さんが一人称を「ワシ」に変えた。 きくんやったら今日や。 今

          今日からお父さんが一人称を「ワシ」に変えた|超短編小説

          フリスク1個ずつ出せるん知らんの?|超短編小説

          「1個もうてええ?」 「ええよ」 俺は自分の持っていたフリスクの蓋を外して彼女に差し出した。 彼女は一瞬目を丸くさせた後、笑いながら「いや珍し過ぎるやろ」と言った。 俺が「何が?」という顔をしているのを見て彼女は「え?ほんまのやつ?」と訊いて来た。 だから俺は「何が?」と実際言ってみた。 「いや、フリスク1個ずつ出せるん知らんの?」 「1個ずつ…」 「え?スライドできるんは知ってる?」 「スライド…」 「めず!多分知らんの世界でアンタだけやで」 「…」

          フリスク1個ずつ出せるん知らんの?|超短編小説

          驚かんと聞いてくれ、俺お前の未来やねん|超短編小説

          自分と瓜二つのやつが前から走ってきた。 今日は仕事が休みやから昼に起きて近所の公園のベンチでコーヒー片手にぼーっとタバコを吸ってたのに。この時間が好きやのに。 自分と瓜二つのやつが前から走ってきた。 おそらく自分と瓜二つのやつが出せるトップスピードで前から走ってきた。 全速力で走ってる自分こんな感じなんやとか思った。 瓜二つのやつは息を切らしながら俺の目の前で開口一番言った。 「驚かんと聞いてくれ、俺お前の未来やねん」 歯が全部なかった。 歯が全部ない人を初め

          驚かんと聞いてくれ、俺お前の未来やねん|超短編小説

          夢を見たの

          深夜0時。 少し開いた書斎の扉。 部屋の電気は点いていないが、薄い明かりが漏れている。 私はドアの隙間に体をくぐらせた。 父が一人、手に持ったスマートフォンに顔を照らされながら、真っ暗な部屋に座っている。 「夢を見たの」 彼のスマフォから音声が流れ出した。 「すごい、すごく怖い夢」 彼はじっとそれを聴いている。 文庫本が詰まった本棚を背に、私はその光景を見ていた。 彼は依然、スマフォと向き合ったままだ。           ※ 私は大学生の頃からYou

          長考

          どれほどの時間が過ぎただろう。 彼が思考を始めた頃私たちを照らしていた太陽は、もうその姿を消した。            ※ この仕事に就いてどれぐらいか。 まあ、ひと回り歳下の新人が入って来るぐらいの年月は優に過ぎた。 新人の頃、私の身体中から溢れていた向上心は枯れに枯れ、今や跡形もない。 ただこなす毎日。 おそらく今後結婚などもしないであろう私は、仕事に関してはこのまま変わり映えのない毎日を送る。安定はしてるしそれはそれで幸せか。なんて思っていた今日この頃。

          生まれてきてすみません

          「生まれてきてすみません」 私の口癖だ。 幼少期、何かにつけて両親の口論の原因となった私。 「産まなきゃよかった」 そんな直接的な言葉をもらった事はさすがに無いが、二人にとって私が邪魔なのは子供ながらに明らかだった。 加えて、学生時代散々ないじめに遭う。 いつからだろう、私は「すみません」と言うタイミングで「生まれてきて」を付けるようになった。 今日も会社で上司に書類の不備を指摘され、 「生まれてきてすみません」 と頭を下げた。 新入社員だった頃は謝った相

          生まれてきてすみません

          「俺」って言い出すタイミング

          僕はね、自分の事を「僕」って言ってるんだ。 でもホントはね、「俺」って言いたいんだ。 お父さんは自分の事を「僕」って言わない。 ご飯の時にね、僕を見ながら自分のウインナーを指差して、 「俺の分も食うか?」 すごく格好いい。 「俺がもらって良いのか?」 って返せたらっていつも思うよ。 でも友達の中にはね、自分の事を「俺」って言う子も居るよ。 だから一度勇気を出して、お母さんがお買い物に行く時、 「俺も一緒に行く」 言ってみたんだ。 お母さんはいつもの優し

          「俺」って言い出すタイミング

          泣いたのはベビーシッターの方

          「居ない居な〜い、バァ〜」 「オンギャァ!」 「居ない居な〜い、バァ〜!」 「オンギャー!!オンギャー!!」 …向いてないんかな…… 去年専門学校を卒業してすぐに、私はベビーシッターになった。 昔から子供が好きだったし、自分が一生続けられる仕事を考えた時、ベビーシッター以外に浮かぶものがなかったから。 先輩に付いての三ヶ月の研修期間を終え、ようやく独り立ちして一週間。 「一生続けられる仕事」早くもそんな思いは、グラつき始めていた。 一週間前から私がお客様のご自宅で

          泣いたのはベビーシッターの方

          御手洗令和

          よしもと漫才劇場(通称マンゲキ)の週末公演。 昼寄席。 一見さん(初めて劇場に足を運んでくれる方)が多くお越し頂く公演です。 世間がステイホーム期間に入る前、マンゲキ昼寄席は多い時、朝10時から夕方にかけて、一日4ステージありました。 その昼寄席のネタとネタの合間に行われる演目、 『極新喜劇』 こちらは普段NGKにて新喜劇をされている新喜劇メンバーの方々の中から、4〜5名漫才劇場に来て頂き、そこにマンゲキメンバーが1組混ざり、一緒に新喜劇を披露するといったものです

          空腹こそ最高のソース

          「空腹こそ最高のソース」 という言葉がありますね。 どんなソースをかけるより、「空腹」という状況こそが食材を美味しくする。 素晴らしい言い回しだと思います。 最初に言い出した人まじ尊敬です。 だからそこ、超えたい。 その言い回し、チャレンジさせてもらいます。 さあ皆さん、言葉の大海原への航海の準備はお済みだろうか。 申し遅れました、船長の酒井です。 これより我々はかつて人類が挑戦してこなかった、 「空腹こそ最高のソース」 を超える言い回しを探す旅に出発し

          空腹こそ最高のソース

          絶対せんで良い質問

          今年の2月中旬、沖縄花月の出番をいただいた時の事。 朝、難波からバスに乗り、伊丹空港に向かいました。 空港に到着してすぐに、手荷物検査所へ。 一泊ということもあり、僕の荷物は少し大きめのリュックのみ。 漫才衣装のスーツ、革靴などもまとめてそこに入れていました。 検査所の列。 並んでいる間に、想い当たる金属類を全て頭に浮かべました。 自分の番。 僕は素早く、リュックから金属類を取り出し、コンベアに流すトレイの中へ。もちろん身に付けていたベルトなども。 自信があ

          絶対せんで良い質問

          かわ

          かわって呼んでいい? ええなぁ!! こんどこんなネタしよおもてんねん。 ええなぁ!! このエピソードトークどうおもう? ええなぁ!! かわ、おれまだまだ迷うしさ、そん時は、ちょっと上見てみるからさ、暇してたら、また天国からとびっきりの「ええなぁ!!」頼むわな。 かわ、ほんまありがとう。 ずっとめっちゃ好きやで。