八王子

いつの間にか至る所に穴が空き、そのみすぼらしさったらないボロボロのコンバースに足を突っ込み家を出る。
コンバースがそのまま自分の人間性や生活を表しているようで、足を突っ込むたび陰鬱な気分になり、僕の散歩衝動に輪をかける。

散歩が好きだ、と言ったら聞こえはいいけど、僕の場合は散歩というより放浪癖とでも言おうか、もはや病気の域に達している。
気がつくと見ず知らずの町に来ていて、調べてみればすでに六、七駅分歩いてたなんてこともざらで、思い立ったらそれが深夜でも明け方でも時間に関係なくふらふらと家を出ては当てもなく彷徨い続ける。
散歩モードになっているうちはいいのだけど、ふとスイッチが切れる瞬間は必ず訪れるもので、それがもう家から六駅も七駅も離れているとたまったもんじゃない。
電車が動いているうちならまだしも、深夜ではスイッチの切れた状態で自分が何のためにこんな場所まで用もないのに歩いてきたのかを永遠呪いながら来た道を引き返す。
例え電車が動いている時間でも、なぜか歩いて帰る義務があるように感じてしまうことが多く、結局ほとんどの場合は歩いて帰ることになる。電車動いてんじゃん、義務って何なん、そう心の中で自分を罵り続けながら、スイッチが切れた体を引きずって帰路につく。

小さい頃から、衝動に任せ徒歩や自転車でありえない距離を移動しては疲れ果て後悔することが多々あった。
それは多分、その頃から失踪願望じみたもの、ここではないどこか遠くへ、誰も自分のことを知らない遠くの地へ行きたいというありきたりな願いを胸に秘めていたからだと思う。
それどころか、自分は今悪夢を見ていて、ふと、この家ともこの町とも全く無関係な人生を送っている本来の自分として目が覚めるのではないかと本気で信じようとしていた、人生逃げ腰の卑屈な少年だった。

あの家ともあの町ともおさらばして、ようやく自分の人生を歩めるようになって数年経つけれど、この失踪願望じみた放浪癖が消えないところを見ると、元来自分は住み着いた場所を嫌いになってしまうような呪いにかかっているのではと荒唐無稽なことを考えてしまったりする。
それどころか、成長するごとに放浪癖がひどくなってきている。

東京に来てすぐの頃の散歩は、刺激的だった。昔から憧れていたここではないどこか、の風景の中に自分が住んでいて、僕はようやく自分の願いを実行し、一歩踏み出せたんだと実感できた。どこを歩いても見知らぬ風景が広がり、僕は少しだけ全てを忘れて安定した状態を保つことができた。
でも僕の憂鬱は決して僕を逃そうとはせず、すぐに憂鬱に追いつかれた僕のみる風景は一変してしまう。
景色が美しければ美しいほど、僕はその景色にはじかれているような感覚に襲われるようになった。お前はこの景色を楽しめる人間じゃない。お前にその資格はない。景色の中の全てが、僕にそう告げているように感じた。
景色だけじゃない。昔は嫌いだった季節によって変わる空気の匂いも、今はむしろ好きなのだけど、好きになったからこそ、夏草の匂いが混じる湿っぽい夏の風の匂いも、鼻の奥をツンと刺激する冬の訪れを告げる風の匂いも、そういったさりげない世界の美しさに触れるたびに、僕はどうにも断罪されている気分になる。お前はここにいてはいけない異物だ、なんて。
人とすれ違うのも苦手だ。特に彼らの目。彼らの目の中に、僕の存在が映っていなかったらどうしようと怖くなり、人とすれ違うたび心臓に鈍い痛みを感じながらうつむく。
そもそもかなり至近距離でまじまじと人の目の中を覗かないとそんなものは確認できないし、赤の他人のことでそんな心配する必要のないことはわかっているのだけど、どうにも気になって怖くなる。
それなら外に出なければいいのだけど、結局僕は、性懲りも無く放浪を始めてしまう。


「次は、八王子。お降りのお客様は、お忘れ物のございませんようご注意ください」
何しに佐渡へなど行く気になったのだろう。
ふと、太宰の一節が頭をよぎる。
本当に、僕は何しに八王子など行く気になったのだろう。
まれに気分のいい日は、電車で全く行ったことのない遠くの駅で降りて、その町を散歩しようと出かけることがある。
今日もその気分のいい日で、何故だか無性に八王子に行きたくなり、気づいたらもう電車に乗っていた。
八王子に何か思い入れがあるわけではない。わざわざ武蔵野市から八王子に出かけるような用も一切ない。
前に一度だけ、彼女と高尾山に行った際に八王子を通り過ぎたことがあった。電車で通り過ぎただけだったけど、なぜだか今日、あの日車窓から見た八王子の何でもない風景を思い出し、無性に八王子を歩きたいような気持ちになり、行ったこともない八王子の風景を勝手に想像しては居ても立ってもいられなくなり、そのまま家を飛び出した。気分が高揚している時に決まって聴くスリップノットとナンバーガールを爆音で交互に聴きながら駅に向かい、電車に乗った。
しかし、だ。立川を過ぎたあたりから、急に自分がなぜ八王子に行こうとしているのかわからなくなった。八王子のまだ見ぬ風景を思い浮かべながら嬉々として足早に駅に向かっていた自分がどうしようもなく馬鹿らしく思えてきた。
思えばいつものことだ。
長い時間電車に乗っているのがダメらしい。
テンションが上がって遠くの駅で降りて散歩をしようとなっている日は必ずと言っていいほど、電車に乗って数駅で今までの自分の行為全てを否定したくなってくる。
電車の中でも爆音で聞いていたスリップノットが急にうるさく感じる、他に聞く曲も決められず音楽を切った。
耳の中はさっきまでの爆音の名残りで、周りの音の輪郭をいまいち掴めずにいる。
僕は今何で、こんなとこで何もせず座っているんだろう。
考えたらだめだ。そう自分に言い聞かせるが、手持ち無沙汰で何もすることがなく、そうするとまた今日ここまで足を運んだ自分を全否定したくなってきて、どうにもならず音楽を聞こうとスマホをいじるけど、やっぱり聞く音楽が決められない。
憂鬱のループにはまり、自分を呪うかSpotifyをいじるかを繰り返しているうちに、いつの間にか八王子に着いていた。

駅が、広すぎる。
改札から出てすぐ、そう思った。
これはまずい。今日は広い駅の気分じゃないのに。
今日は本当にだめな日らしい。よしもう帰ろうと改札に引き返そうとするのだけど、全く金がないのにわざわざ八王子まで交通費をかけてきて、何もしないで帰るのか、と貧乏性の一面が引き止めてくる。するとまた、そもそも金がないのになんでこんな遠くまで来た、と自分を呪いたくなってきて、無性にイライラして歩きたくなり、結局駅から降りてぶらぶらすることにした。

何も、ない。
もうすでに駅から離れた場所まで歩こう、なんて気分ではなく、駅の周りをぐるぐる回って気分を落ち着けようとしているのだけど、そもそもこんなだだっ広い駅なのに、興味を惹くものが何もない。
そのうちに疲れてきて、本当にもう帰ろうと思い、ふと、京王八王子駅なるものがあることに気づいた。
京王線を使ってでも帰れるし、帰りは京王線で帰ろう。そう思うとまたわくわくしてきて、足取りは軽くなり、僕は早足に京王八王子駅のほうに向かう。
京王八王子駅まで来ると、さらに少し歩くと何かありそうな気になってきて、そう思うとまた少し気分が良くなって、駅を通り過ぎずんずんと先に進む。
しばらく歩くと、本当に何かあった。
河川敷だった。
多摩川なのかな?広大な川の両サイドを、綺麗に整備された遊歩道がひたすらに続いている。
遠くには、今自分が川を眺めているのと同じような橋がいくつも掛かっていて、強烈な西日を反射させ輝くそれらは、僕の中の何かをくすぐった。
歩こうと思った。いつの間にか気分が良くなっている。
歩こう歩こう歩こう。
テンションも上がり、急に音楽が聴きたくなり、イヤホンを耳に突っ込みニルヴァーナを爆音で流す。迷わなかった。即決。
足取り軽く、僕は遊歩道に入っていった。

スイッチが切れた。
後ろを見ると、僕が遊歩道に入った入り口の橋は遥か遠く、オレンジの夕日に包まれ佇んでいる。
何でこんな所まで歩いてきたんだ。
目の前に橋がある。さらに奥、だいぶ離れたところにも橋がある。遊歩道は、その奥の橋の辺りまで続いている。
あそこまでは、歩かなくては。
そう思った途端、馬鹿なのか?と自分を罵る。死ね、あほ、疲れたわ、引き返せ。自分にそう言い聞かせながらも足は前に進み続け、目の前の橋を通り過ぎた。
どんどん憂鬱な気分になってくる。
自分の今の行為も、そもそも自分が今生きていること自体が、とんでとなく滑稽で無意味なものに思われてくる。
体の中で急激に何かが膨らんでくるような感じがした。空気が足りないと思い、マスクを外して息を吸い込むけど、体の中で膨らむ何かが空気を取り込む隙間さえなくしているようで、うまく息が吸えない。
急に、体を傷つけたくなった。どこかを切れば、溜まった何かが傷口から抜けてくれるように思った。
それは気持ちの問題だとは知っているけど、こうなるともういつもの場所を切ってガス抜きをしないとどうにもならないという強迫観念じみた考えにとらわれてしまう。
でも今、切るものすら持っていない。
唯一の逃げ道さえ奪われてしまったように思えて、立っていられなくなった。どこかに座ろう。そう思い道端にそれようとしたその時。

何かが僕の横を猛スピードで抜けていった。

びっくりして間の抜けた声をあげてしまった。
自然とそれが抜けていった方を見る。
異様に背丈のある細長い何かが、セグウェイで爆走していた。
ナナフシの妖怪。
そう思ったけど、じっくり見たらそうではなくて、単にひょろながのお父さんと、そのお父さんに肩車された低学年くらいの女の子だった。
そんなナナフシの妖怪が、えげつない速度でセグウェイを走らせていた。

いや危ねえよ。

もうだいぶ小さくなった親子の背中に小さくつっこむ。あんな細い体で娘を肩車してセグウェイで爆走とは。
親子の背中はどんどん小さくなっていく。ふと、短くぱっつんに切り揃えられた前髪を颯爽となびかせ、目を輝かせながら肩車される先ほどの女の子の顔が頭に浮かんだ。
急に、吹き出した。何故かわからないけど面白くなり、人目も憚らず笑ってしまった。遠ざかるナナフシの背中が、愛おしかった。
なんか、人生ってこういうもんだよね。
急にそんな風に思った。
一瞬の出来事だったので、もちろん僕はあの女の子の顔なんて見ていないけれど、何故かあの子はそうして笑っているように思えた。
親子の背中はもう見えなくなっていたけど、僕の前に広がるオレンジ色の景色は、僕に温かく微笑んでくれているように思えた。
僕は、この世界で生きている。
あの親子と同じように、生きている。
温かいものが込み上げてきた。体に溜まっていたさっきのあれは、いつの間にか消えていた。
歩こう。今日はもう少し、歩こう。
目に見える景色全てを愛でながら、僕は歩き出した。


辺りはすっかり暗くなっている。
街灯がぽつりぽつりと立つ閑静な住宅街。
心細い光を灯す街灯のした、僕は頭を抱えてうずくまっていた。
「ここ、まじでどこ」
電線の上から僕を見下ろしていた鳩が、クソをひった。

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