選ぶ自由がある不自由

ネパールにいる時は選ぶ自由なんてなかった。

食事の面でも毎日みんなカレーだし、それ以外に”選択肢がない”

労働の面でも働く先があればイイくらいのスタンスで選ぶ自由なんてないなかでみんな平均月収2万円で暮らしている。

日本に帰ってきてからよく考えるようになったのは、恥ずかしながら昼ごはんや晩ご飯のこと。何を食べようかと考えることだ。

1つ1つの駅が街である東京に選択肢なんて山ほどある。

折り紙付きの優柔不断が東京にきたらそれだけで1日の大部分を消費してしまうのではないかと心配になるほどたくさんある。。

ただ、「選べる」っていうのは資金面と、教養面に余裕がないと成り立たない話だから裕福なのには変わりはないが、「幸福」ではないのでは?と思う。

一般的な日本人は高校から自分で選択することができて、そこから歳を重ねるごとに選択肢は増えていく。

大学に行くか行かないか、就職するのかしないのか、会社をやめるのかやめないのか、起業するのかしないのか、結婚するか、子どもを作るか・・

いくらでも選択肢がある中で普通に生きている日本人だが、正直笑顔の総量は人口2000万人、平均月収2万円のネパールに負けてるんじゃないかなと思う。

1年間、向こうでビジネスをしていたし、相方のおじいちゃんがネパール人で毎週会っていたから現地の様子はなかなかわかる方だと思う。

たぶん、選べるっていうのはきっと幸福じゃなくて、選んだその先にこそ幸福は待っているんだと思う。

そしてこの幸福は自分でしか生み出せない、周りにいろんな選択肢を歩んだ人たちが成功していたり失敗していたり、お金を稼いでいたり借金をしていたり。。そんな姿を見るとそりゃ人の気持ちは秋の空で晴れたり雨が降ったりする。

これだけ恵まれすぎると当たり前のハードルが高くなってそれこそ人の心を蝕んでいってるんだと思う。

ネパール人の友達が言ってた「オレも日本に生まれてたら人生変わってたな」という言葉が今も胸に残っている。そいつは28歳だけど、高校の同級生は半分も生きていないらしい。

薬物にハマり、交通事故を起こしたり人を殺したり、行方不明になったりするらしい。食べれない、働けない、生きれない。

人間はそんなに強くない。

その話を聞いた時に自分が日本に生まれた意味とか日本から海外に向けてできることとかいっぱい考えるようになった。

でもやっぱり自分が力を持たないと何もできなくて何も与えることができない。

だから日本にいるこの1年、2年は自分の力を最大限につけて必ずまた海外に帰って還元していきたいと思う。

そのためにきょうも1日生きるし、一秒単位で客観的にいまの自分を見つめていく。

最大の自己満足は最大の他者満足だけど、自分を納得させれてないなら自己満足もできてない。

ふぁいやあ。ガンバっテイコウネ

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土岐誠(株)ラストパートナー

もし1億円稼げるようになったらコンビニで100円のおにぎりじゃなくて200円のおにぎりが買いたい

ボクもすきです
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野村證券→ネパールで海外起業→事業撤退→都内で社内ベンチャー新規事業→(株)ラストパートナー/26歳挑戦者。教科書に名前を残すことが夢です。