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上とか下とか下とか上とか:マウンティング沼に落ちないための3冊


人をうらやむことなく生きていけたらどんなにいいだろう。

どんな時でも「自分は自分」と脇目をふらずにただ前だけを向いて生きていけたら、こんな清々しいことはない。

西に結婚したという友がいれば、走って祝いに行き、東に起業したという友がいれば全力で応援する。南に出産したという噂を聞けば「なんとすばらしい!生命の神秘なり」と拝み、北に夢を追う人を見つけたらエレカシの「今宵の月のように」を一緒に歌う。

そんな風に生きられたら、人生はもっとずっとずっと楽しいだろう。

でも、でもだ。そんなことはできない。わかっているのにできないのだ。

受験、就職、出世、結婚、出産、転職、家族。人生のあらゆる局面において、あるいは日常的に、自分は今どこにいるのだろう、と考えてしまう。

あの人よりは下だけどあの子よりは上。平均的には中より上かな?下には行きたくない。というか思われたくない。同情なんてされたくない。今のグレードを維持するにはどうしたらいいのだろう。誰か教えて。お願い。

そうやって私たちは見えない誰かからの評価にいつだって怯えてしまう。

じゃあ嫉妬しないようにすればいい。マウンティングなんてやめればいい。そう言いたいところだがそれはなかなか茨の道だ。私もどうしたらいいのかわからない。48時間ぶっとおしで滝にでも打たれればいいのか。それか自分以外の人間が生存していない場所に移住すればいいのか。もちろんどちらも嫌だし不可能なので、今回は応急処置としてマウンティング欲を飼い慣らすための3冊の本をここに置いておきたい。

勝ち負け、ということになると、何よりもまずカレー沢薫『負ける技術』は外せない。『結局、女はキレイが勝ち』という勝間和代の書籍があるが、この類のタイトルにビビったりいきり立ったりモヤモヤしたりする人にはぜひおススメしたいし、「そうそう、女はやっぱりキレイじゃなくちゃね!同意!」という人にも読んでほしい、カレー沢薫を。無職、ハローワーク、結婚、インプラント、家を建てる。カレー沢マジックにかかればどんな素材でも最高に力の抜けたエッセイになり、読んだそばから「まあいいか、生きてるし」ぐらいの気持ちになれる。面白いうえに不思議なくらいにマウンティング戦意がなくなっていくのだ。友がみな我よりえらく見えた結果、悪口アカウントを作って爆走してしまう前に読んでほしい。読んだ上でやるのであればなりふり構わず捨て身でやるといい。あとはもう知らない。

次は、「敵はそこじゃない」系の山崎ナオコーラの『ブスの自信の持ち方』をそっと差し出したい。たとえば自分と誰かを比べて地団駄を踏んだり悦に浸っていると、ふと我に返ることがあるかもしれない。「一体私は何がしたいんだろう」と。あるいはあまりの不毛さに気づいて卒倒するかもしれない。そんな時に、自分の頭を整理できる良書がこれだ。闘うべきは個人ではなく、対立構造や差別を助長している社会そのものなのだと気づかされる。タイトルだけだと不美人がこの歪んだ社会を生きていくための指南書という印象も受けるかもしれないがそんなことはない。嘘でもいいから好きだと言ってほ…間違えた、紋切り型違いだ。だまされたと思って読んでみてほしい。今まで当たり前だと思っていたことに対して、新しい価値観を得られる。私自身、社会の波に揉まれすぎて麻痺していた、人ごみに流されて変わってしまったということを自覚した本だ。この本を読むときっと生きるのが少しだけラクになるし、感じていた違和感を裏付けてくれるので自信にもつながる。

明るく楽しく生きていきたい、と思いながらいろいろ実践してみても、それでもまだまだ歯ぎしりが止まない、という時はやっぱりアルテイシアだ。『40歳を過ぎたら生きるのがラクになった』というタイトルから勘のいい人ならわかるだろう、JJ(熟女)の話であると。

アンチエイジングや美魔女という言葉が出てきたのはいつからだろう。どうがんばっても重い腰(物理的にも)が上がらなかったのでいつからあるのか最後まで調べることはしなかったが、間違いなく定番の単語として現代社会に存在していると思う。まるで老いは敵。排除すべき。変わらないことや老けないことが素晴らしい。そんなノリの世の中になりつつあると個人的には感じている。でも、そこでアルテイシアは言う、「年をとるのも悪くないよ」と。しかもかなり力強く。「年をとったら女としての価値が下がりそうでこわい」などと言ったらきっと全力で抱きしめてくれるだろう。そしてきっと、いや私の妄想だけれど、とことん話を聞いてくれて、一緒に泣いてくれて一緒に怒ってくれて一緒に闘ってくれる。そんな気がする。というかもうこの本がそうなのだ。社会に合わせて自分自身も変わっていこうね、大人なんだから折り合いつけようね、なんてことではなく、人は人だし自分は自分なんだから無理に迎合しなくていいし間違っていたら怒っていいし熟女だからって悪いことばかりではないしむしろいいこともあるしいちいち余計なお世話だ!!!という感じで最高に痛快なのである。そしてこれほどまでにジョジョを読んでこなかったことが悔やまれたことはなかった。

私も若い頃は、マウンティングのリングで常に戦っていたことがあった。今はもうリングサイドどころか観客ですらなく、試合場の前を通り過ぎながら「あ、試合やってんだ」と独り言を言うくらいの感じだが、きっと、今この時もリングの上で死闘を繰り広げていたり、リングサイドで大声を出していたり、戦い敗れて控室で灰のように燃え尽きている人がいるだろう。私も、絶望がそこをついて尻尾を巻いて走って逃げだしたクチだし、嫉妬する体力がなくなってきただけで、人を羨む気持ちがないわけではない。

その戦いに勝って何になるんだろう。チャンピオンベルトを手に入れたところで嬉しいのだろうか。その時周りにはどんな人がいるのだろう。もしかしたら誰も、いないかもしれない。

自分らしく生きろ、と社会は言うが、そんな簡単な話ではない。本当に自分らしく生きようとしている人を見つけると、もぐらたたきのようにハンマーで叩こうとする人が大勢出てくるのが現状だ。決められたロールモデルを作り、それを目指せと煽り、手に入れた者とそうでないも者を競わせて戦わせる。そんなのつまらないじゃないか。たくさんの生き方や価値観を知って、知らない人生を想像して認め合っていけたらいいのに。素直にそう思っている。ボロボロになって自分の周りから人が去っていく前に、たくさんの本を読んで欲しいと思っている。少なくとも、私はこの3冊に救われたから。今もどこかで誰かに手を差し伸べているかもしれないこの本たちが、これから読む誰かの希望になりますように。そんなことを願っている。

ちなみに、今回紹介した作家御三方の敬称はかなり迷った末に省略しているが、全身の毛穴から愛が溢れ出してしまうほど愛してやまないことは書き記しておく。



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