見出し画像

山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』

◆山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社、2019年)

山崎ナオコーラが好きだ。作品などの略歴にある「誰にでもわかる言葉で、誰にも書けない文章を書きたい」という目標がもう魅力的だし、彼女の書く文章は静かだけど強い、そう感じている。小説なら『昼田とハッコウ』、エッセイなら『かわいい夫』『母ではなくて、親になる』が好きだ。特に『母ではなくて、親になる』は「だってそういうものだから」というある種の呪いを解いてくれる良書だと個人的には思っている。私かお金持ちだったら配配って歩きたい。

今回はついにブスについてのエッセイだ。私の記憶では、山崎ナオコーラって平仮名で「ぶす」って書いてなかったっけ、とまずは思った。私は文字の形からイメージをふくらませてしまうことがよくあり、「ぶす」は「す」のくるんとしたところとか、「ぶ」のパーツがすべて独立していてバランスだけで成立しているところとかに少なからず愛嬌を感じていたので、今回のカタカナの「ブス」には、まず鋭さにビビり、次に著者のマジさ加減を感じ「ヤル気だな」と思った次第だ。(平仮名「ぶす」は私の勘違いだったらごめんなさいです)

実際は美醜の容姿差別だけでなく、同調圧力の話でもあると感じたのだが、もうどこから話せばいいのかわからないくらい思い当たる節があり、読み終わる頃には精も根も尽き果て、しばらく顔がこわばっていたのを覚えている。その直後に鬼の形相で夫に薦めようかと思ったが、この手の本は順序を踏まなければ薦めたところで逆に敬遠されるおそれがあるので必死でこらえた。

ちなみに、なぜ私が血眼になって読んだかというと、私自身が容姿の話が苦手だということにある。容姿だけでなく、属しているコミュニティに無関係なスペックの話題がとにかく苦手だ。たとえば、職場において「若い(女性、パパ、ママの場合も可)のにがんばっている」と言われることとか、「○○出身だから△△だ」とか経歴に関わること(相変わらず例えのボキャブラリーがないな…)などを言われるといつも精神的に消耗する。本来の話題や目の前の作業に対して、容姿やスペックのために見えないバイアスやフィルターがかかってしまうような気がしてこわいのだ。こちらは誠実に対応しているつもりなのに、どうしてあなたはそれを見てはくれないのだ、と悔しくなってしまう。

言う方はおそらく挨拶程度の軽い気持ちか、定型文のような答えを待っているのかもしれないし、あるいは協調性を試すような気持ちでいるのかもしれない。それでもつい、なんだかなあ、と思ってしまう。とりあえず、今のところは「あはは」と笑ってやり過ごす、ニコニコしながら首を振る、などをしてやり過ごしている。面倒だとは思いながらもとにかく、やり過ごしている。

本書は内容が内容だけに、興味を持ったり手に取ったりする人は少なくとも容姿に何らかの関心があったり、問題を感じた経験があるのかもしれないが、それ以上に、容姿差別なんて存在しないと思っている人や私は差別なんてしないと思っている人にこそ読んでほしい。

当たり前だと思っていたやり取りや行動に傷ついている人がいるということ、いるかもしれない、ということ。タイトルには「ブス」とあるが、実際は美醜の問題だけではなく、顔をはじめとした身体の扱い方に関する違和感の正体がこれでもかと突き詰められていること。

冒頭にも書いたが、山崎ナオコーラの筆致は慎重で丁寧だが迷いがなく、力強い。それゆえ読むのにも多くのエネルギーが必要で、時には休息も必要となるだろう。でも、それでいい。本書の中で彼女が「私の作る本は、めくりやすく、閉じやすいものを目指す(17頁)」と言っているように、その時その時で、読める分だけ読んでもいい。だから、どうか他人事だからではなく、今っぽいテーマだからではなく、とりあえず、まずは手にとって欲しい。

個人的にだが、私は読み終わったとき、この本に関わった全ての人に感謝した。この本があってよかった。ナオコーラさんが書いてくれてよかった。企画が通ってよかった。編集さんががんばってくれてよかった。本になって出版されてよかった。印刷屋さんとか製本屋さんとか私にはわからないたくさんの専門の職人さんたちががんばってくれてよかった。私の住むところまで流通してよかった。書店員さんが私のわかるところに並べてくれてよかった。買えてよかった。読めてよかった。本当によかった。大袈裟だけど、わりと本気でそう思った。

一瞬で消える花火のようにではなく、ゆっくりと、時間をかけて、ありとあらゆる人に届いてほしい本だ。一冊の本で社会が変わるなんてことはめったにないけれど、「本で社会を変えたい(304頁)」という著者の願いが現実となることを、私は切に願う。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?