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本屋にいったい何ができる

そこに一軒の本屋があったとして。例えばそこで働いていたとして。

私に一体何が出来るのだろう。

どんな手段を使ってでも明日が来るのを阻止したい人がいたとして。希望という言葉を忘れてしまった人がいたとして。言葉にできない感情を「口にしてごらん」と言われて途方にくれた人がいたとして。行き場を探してたまたま辿り着いた人がいたとして。

本屋に一体何が出来るのだろう。

例えば、歴史を築いた人の本を置く。困難を乗り越えながら生きた人の本を置く。現実では絶対に起きないような壮大な物語の本を置く。多様な生き方を書いた本を置く。実生活では決して出会えないような人の人生の軌跡を書いた本を置く。友情や希望に満ちた冒険の物語を置く。旬の食べ物の極上のレシピの本を置く。抜けるような青空や躍動する動物の写真がたくさん載った本を置く。なんでもない日々を丁寧に描いた本を置く。

目的地までの道筋を書いた本を置く。ニュースや時事問題を解説した本を置く。カラフルで愛らしいキャラクターがたくさん描かれた本を置く。夢や目標を達成するために必要な知識や技術が書かれた本を置く。仕事や生活の助けとなるような本を置く。ただ、それだけだ。

そして決まった時間に店を開け、決まった時間に店を閉める。雨の日も、晴れの日も、可能な限り。

本屋の仕事は基本的に、本を仕入れ、並べ、売ることだ。もちろんそれに伴ってPOPを書いたり装飾をしたりイベントをしたりすることはできるけれど、勇気とパワーで悪を退治することはできないし、悪い奴に倍返しすることもできない。お腹をすかせた人に顔をわけてあげることも(しかもめちゃくちゃうまい)できないし、希望に満ちた言葉で未来に光を照らすこともできない。

でも、本屋にはそれをしている本がたくさんある。物語やサクセスストーリーだけではなく、レシピ本でも写真集でも、どんな本でも誰かの明日への糧になることができる。そう信じて本を選び、仕入れ、棚に置く。

心に冷たい風が吹きすさんだとき、心の隙間が黒い何かであふれそうになったとき、本屋でひたすらにインプットすると、少しだけ気持ちが軽くなることがある。もちろん図書館だっていい。

むかし、書店の面接を受けたときに、どこかで読んだ(どこで読んだかどうしても思い出せない)「無言のコミュニケーション」の話をした。結局私は忙殺されて上手いコミュニケーションは取れなかったけど、きっと饒舌な棚や静かに寄り添うような棚を上手につくる人もたくさんいる。そして「届け」と祈りを込めて棚をつくっている人もきっといる。そう信じている。

もうすぐ夏が終わる。雨ばかりだった夏が終わろうとしている。夏の終わりにさみしさはつきものだけど、この季節になると特に、ある悲しいデータが話題となる。本屋に何が出来るのか。本を置く、ただそれだけのことだけど、どこかの誰かの希望になるといい。

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