見出し画像

働けなくなって1か月のこと

こんにちは。
私が仕事でうまくいってないのは前回までの投稿でお話しました。
よければお読みください。

仕事を辞めた日(退職日)からは2ヶ月なのですが、風邪を引いて休んだ分と、辞めると伝えてからの有給消化分を合わせると、働いてないのは3か月です。

最初の1か月は闇でした。マイナス思考というか、円満退職じゃないので気分は落ち込みますよね。
職場から逃げられたのはよかったです。でもやっぱりダメージはあった。
独りでいるとダメになりそうだったので、実家に帰りました。
両親のもとで仕事もせず、ただ趣味のゲームをやるというだけの生活。
食事は母が用意してくれるし、お金の心配は半分で済んだし、本当に楽な日々でした。
でも両親、特に母の老化が気になるようになって、今度はそっちで気が重くなることに。
物忘れが多かったり、言葉が出てこなかったり、会話が一方的だったり。
それに父が腹を立てるんです。年のせいで仕方ないことなのに、気づいてないんですよね。
親の老化ってどう受け止めればいいのでしょう?
母自身は明るくしてますけどね(;'∀')

そんな実家生活を送って1か月後。
職場へ行って退職手続きをしなければなりませんでした。
でも退職手続きって何をするんだろう。
適応障害発症の原因である奥さん社長に会わなければならないのが、本当に苦でした。
実家から1時間半かけ、時間的にも気持ち的にもやっとの思いで行くと、なんと離職票2か所に署名・捺印をするだけのたった5分程度のことでした。

私よりもムカついてくれたのが姉です。
たったそれだけのことなら呼び出さずに郵送か何かでいいじゃないかと。
本当ですよね。

奥さん社長も奥さん社長で、とても冷淡な態度でした。
説明が他人行儀。
諸機関への書類提出も、忙しくてすぐにはできないと言われ。
それでも私は約5年間お世話になったので、去り際の玄関口できちんと挨拶をしました。
それに対しても無表情で事務的に「はい、ありがとうございました」と。
終始、目を合わせてもらえませんでした。
学童を経営する理念は尊敬しますが、人としてはちょっとどうなんだろうと悲しくなりました。
これが最初の1か月あたりのことでした。


以下、愚痴になります、すみません(^^;
夫婦関係がそのまま経営にもってこられてるんですよね。
高圧的で姉さん女房で社長である奥さんに、脱サラして手伝うようになった旦那上司。対等な関係だったのかどうか。
それでも保育所は分かれているので、旦那上司としては担当の所は自分の考えで動かしたかったのでしょう。

そんな彼のもとで働いていた私は当然、彼の考えに合わせていました。
のんびり楽しく、子どもたちといっぱい遊びつつ指導するようにと。
学習面でも、やるのは宿題だけで学童からのプリントは免除の日というのを週に2回ほど設けて、ゆったりしていました。内容も漢字と算数の問題だけ。

一方、社長の保育所では子どもと一線を引いていて、一緒に遊ぶことがなくなっていました。
公園遊びでケガがあって以来、スタッフたちは公園を取り囲んで監視。
室内では子どもとの遊びよりも掃除や事務作業。目のわきには子どもを置いてはいますけどね。
学習面では塾さながらの徹底ぶり。国語の読解問題もさせていました。
たまに私が研修ということで様子を見てましたが、2か所で全然違うので戸惑いました。

でもよく考えれば当たり前ですよね。
それぞれの保育所に通う子どもたちの性格が違うんですから。
だから2か所で支援内容、方針が違うんだなと思っていました。
ところが社長は統一するよう求めてくる。しかも旦那上司にでなく私に。

社長からの指示があって旦那上司に相談しても彼の意見が違う。
そうなると、滅多に来ない社長の指示より、彼の意見をとりますよね。
するとたまに来る社長には、私が指示通り動かない人にしか見えないわけです。
旦那上司に相談したと言っても、彼女は決まって
「彼は女性であるあなたに指示をするとパワハラになるから言わないの。同性の私ならパワハラにならないから言ってるの」
と、訳の分からないことを言うのです。

完全なる板挟み状態でした。
あなたがた、夫婦関係はうまくいってるんですかって言いそうになりましたよ(笑)。
まずは夫婦二人でしっかり意見をシェアしてほしかった。
むしろそこがうまくいってないから、私に動いてほしかったのでしょうか。
旦那が変わらないから私に変わってほしいとでも?
間違ってますよ。

唯一の同僚は社長の所で働いてましたから、私の側ではありません。
「社員だから上司二人に意見を言っていいんだよ」などと言っていましたが、意見を言えるあなたがおかしいです。
そりゃ社長の手ほどきを受けて、社長と多くの時間を共にしているから話しやすいでしょう。
私は違うんですよね。社長とは滅多に会わないし、社長が来たとしても恐怖先行な態度ですからね。会話なんてしにくいですよ。
子どもたちに対しても同じ。だからこっちの子どもたちの多くは社長に心を開いてませんでしたよ。
おかしいですよ。

こんな感じで、私には相談できる同僚がいませんでした。
だから必然的にアルバイトの大学生と仲良くなってました。
私と同じ時期に働き始めた学生が大学院に進学後もバイトに来てたのですが、彼女は最後まで私の味方でした。
バイトの立場なので上司らには何も言えませんが、同じように感じてくれるのが嬉しかったです。
またある学生は2か所どっちにも入れられていて、社長の方針に疑問を抱いたまま卒業していきました。
この二人の存在にどれだけ救われたことか…。


愚痴が長くなってしまいました(^^;
もしも最後まで読んでくださった方いたら、本当にありがとうございます!!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?