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『へそまがり』 菊池亜希子さんの素直な筆致

“お金を使って買い物する”ということに、毎回真剣勝負で打ち込みたいのだ。ちなみにクレジットカードは、お金を使ったという感覚が得られないからあまり好きではない。(中略)「私は!今!お金を!使っている!!」と実感しながら買い物がしたい。

本の両端をしっかと握りしめ、「うんうん、わかる…!わかります!!」と頷きながら読んでいる。「私は!(略)」の勢いがすごくてめっちゃ笑ったので、勝手に太字にしました。

1000円のランチ、3万円のワンピース。値段の高い安いに関わらず、ひとつひとつの買い物に全力を出しきる瞬間。雑誌やテレビで見かけるあの綺麗な人の頭の中で、そんな煩悶が繰り広げられていると思うとなんだか微笑ましくなってしまう。

最近の楽しみは、ずっと書籍化を待っていた、女優・モデルの菊池亜希子さんのエッセイ集だ。

ナチュラル系のアパレルに勤めるころから、勉強がてら購読していたリンネル。毎月の付録が家に溢れかえり、そろそろやめようと何度も考えたが、この連載のためになかなかやめられずにいた。

最初は菊池さんのことはあまり知らなかったのもあり、おしゃれな人のエッセイなんて気取ってるんだろうなぁとコンプレックスまみれの偏見を抱いていたけれど、いざ読んでみたら、なんと身近なことだろう。

初めてラブレターをもらったときの居心地の悪さ。それを友達に見せてしまった後悔。「またね」を社交辞令にはしたくないこと。妊娠中の不安で、布団にもぐって「お母さん……」と泣いた日の話。

菊池さんの文章は、赤ちゃんの頬のようにやわらかくて温かい。
抑えられない心細さや、さみしさ。大好きなものを慈しみたい、いとしい人に大切にされたいという、素朴な気持ち。訳知り顔で割り切らないからこそ、彼女は「へそまがり」なのだ。その言葉は幼な子のように素直でいて、どこにも甘えがない。自分が受けてきたぶんの愛情を他者にも向けられる、一人の人間としての優しさに満ちている。

30歳に差しかかったころから、大人になりきれない自分を、ことあるごとに恥ずかしく感じてしまう私がいる。もっと自立した人間にならなくては、と焦りばかりが募ってしまう。でもきっとそんなふうに肩肘を張る必要はないのだと、教えられるような気がして、少しずつ大切にページをめくる。

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