入試とコロナと教科書と ‐自宅であせらず学ぶために その2

教科書が読めない子どもたち?

2018年から2019年にかけて,「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著,東洋経済新報社)という本がベストセラーになりました。今も売れ続けているかもしれません。AIは「意味」を理解できないけど,実は子どもたちも教科書を正しく読めていない,というタイトル通りの内容です。この本の元となった調査やデータそのものは興味深く,有益な面もあると思いますが,教科書の一節を取り出して来て,はい読めますか?と問われても,読めなくて当たり前ではないか?というのが私の意見です(この本はいずれ書評の予定)。一方で,教科書の「あるまとまりを」「時間をかけて勉強して」「内容を理解する」というプロセスは極めて重要だと考えます。

なぜ,どのように読めないか(教科書のなかの言葉)

教科書が学習内容の中心だけど,はじめから読んでも分からない,ということでした。その理由は,次の2つに大別できるかと思います。

 ① 文章がわかりづらい,おもしろくない
 ② 使っている言葉や記号の意味が分からない

①に関しては分担して執筆されているだとか,豊富な内容を正確に,漏れがなく,かつ凝縮して書かねばならぬとか,教科書の性質上どうしようもないところです。小説やネット上の文章のように,読者を楽しませたり,読みやすいようリズムよく,という風には書かれていません。(逆に,巧みに伏線が張ってあったり,あまりくだけた文体や熱のこもった文章でも,鬱陶しいことでしょう。)

②はかなり本質的です。教科書のなかの世界では,そもそも日常の日本語とは使われている言語が異なるのです。英語や古文漢文はもちろんですが,数学もそうですし,理科もそうです。ふだん使い慣れていない言語で書かれたものを読解するのは,最初は難しいです。その学問分野に固有な用語のことを,テクニカル・ターム(術語,専門用語)と言います。すべての学問は曖昧さを回避するためにテクニカル・タームを用いて書かれているので,初学者にはとっつきづらいのです。

例えば小学校の算数から中学校の数学へと進んだと途端に「別世界」を感じたと思いますが,負の数や文字式というのは完全に日常の世界から離れた言語です。あるいは物理だと「力」という用語が頻出しますが,これもぼくらが日常的生活のなかで身体感覚としてもっているあの「力」とはまた別のものです。

日常の言語と学問の言語は大きく異なるので,この両者の橋渡しをするために,隙間を少しでも埋めるために,先生などは工夫を凝らしますし,学校の授業も塾の授業も参考書もほとんどそのために存在します*。教科書の内容はもちろん大事ですが,教科書を読み上げるだけの授業は,やはり一種の職務放棄でしょう。したがって,目下の「学校に行けない」困難,学習上の困難の中心もここにあります。今までほとんどその恩恵を実感していなかった道先案内がいなくなり,異世界の言葉の森を一人で進む必要に迫られるのです。

* たとえば先の「負の数」との出会いですが,私自身が中1のときに受けた授業で,ババ抜きのようなトランプゲームを1コマ延々やり続けるという回がありました。「黒のカードをプラス,赤のカードはマイナスとして合計点を計算」というルール。授業の最後に,赤のカードが引かれるとプラスになること(例.ハートのクイーンが引かれると-(-12) = +12,ハートとダイヤの2では (-2)×(-2) = +4 )を文字で書いて確認しました。これなどは,新たな言葉の世界のルール(「負の数」の引き算)を体験的に学ぶ(マイナスを引かれる)授業だったと言えます。

あれ,読めるようになってる!

ところが不思議なことに,教科書は学習内容の習得や理解の深化とともに「読める」ようになります。たとえば大学を出たばかりの新米の先生もきっと高校の教科書にある内容を正しく理解しているはずです(そのように信じたいです)。そして,一度何が書かれているかが分かったあとでは,教科書を読んでも全然意味が分からなかった時のことをもはや思い出せないかもしれません。みなさん(高校生とします)が弟や妹の中学の教科書をめくってみると,当たり前のことばかり書かれているように感じるのではないでしょうか?

ここに,教科書を利用する際の,大げさに言えば人が新たに知識の体系(=学問)を学ぶということそのものの,根本的な難しさがあります。「ある本に書かれている内容を理解して初めてその本が読める」。実用書や普通の本ならばあり得ないことですが,教科書とはそういうものなのです。

では「分かっている」人の領域に行くためにはどうすればよいか?未知の専門用語や新奇な概念をどうやったら自分のものにできるだろうか?

このコツを掴めばしめたもので,勉強の仕方そのものを学んだと言えます。また受験期にある程度苦労して方法論を身につければ,大学進学後やその先の人生での学習でも役立つかもしれません。学校や塾に全面的に頼っているとなかなかこのプロセスを自覚的に経験することはできないもので,stayhomeな期間を利用して学習の方法論を身につけてはいかがでしょうか。けっこう楽しいですよ。

前置きみたいな部分がだいぶ長くなりました。次回から実践的な話に移りましょう。

(お読みの方へ)昨日はじめて投稿して,何人かの方にスキを押していただきました。すぐに反応があること,そもそも投稿当日に読んでもらえることに心底驚きました。励みになります。このシリーズは全4回くらいで考えています。コロナの期間は週に2本くらいのペースで投稿の予定(目標)でいます。最後までお読みいただけましたら幸いです。



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