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第8話 海外射撃(グアム編)| Saito Daichi

 渡航日は当日の朝まで当直だったので、空港までは急いで向かいました。

 当直の日程を断らなかったのは、これ以上、中隊で事を荒立てたくなかったからです。

 また、海外渡航のために自らまとまった連休を譲ってくれた同期に、これ以上迷惑は掛けたくありませんでした。

 その分、他の日は全て営内残留や特別勤務につきました。

 渡航前日までに、準備するものを書き連ねたメモ帳とにらめっこします。

 私は視力がよくないので、射撃にはコンタクトレンズが必須でした。

 手袋、アイセーフティ、目薬などの他に日用品をスーツケースに入れ、映像記録として見返せるようにSONYのアクションカムも入れました。

 肩掛けバッグには機内で使う物をしまいます。

 クレジットだけでは不安だったので、500ドル(当時約5万円)と日本円5万円をパスポートポーチに突っ込み、ポーチごとチェーンでジーパンに縛り付けました。

 チップとなる1ドル札は余計に持ちます。

 同時多発テロ以降、テロ対策が進み、機内に持ち込めるバッテリーや液体には厳密な制限が掛けられていました。

 含水爆破や起爆装置に使えるからです。

 実際、事前に仕入れた情報と、空港内に張り出された機内持ち込み可能リストには微妙な差異が生じていました。

 万全を期すため、持ち込み不可能な液体は空港のゴミ箱に捨てました。

 その時代は、目薬サイズの小分けした液体だったらOKだった気がします。

 機内には有事の際に動く連邦航空保安官(スカイマーシャル)も乗っているようですが、さすがに一般の搭乗客と見分けはつきません。

 機内での3時間半は、全て英語の復習に——と、考えていました。

 しかし、前の人の背もたれ後面に取り付けてあるディスプレイで、国内ではまだ未公開のはずの映画が観賞できました。

 結果、観てしまいました。

 英語音声なので、「これも勉強の内だ」と自分に言い訳をしました。

 現地の空港に到着後は、タクシーでホテルに向かい、ロビーでJTBから借りたWifi端末を受け取り、部屋で荷解きをします。

 部屋に到着すると、直ぐにアメニティやシャワーを点検し、金庫がちゃんとロックできるか調べ、ベランダの鍵が閉まるかチェックしました。

 Wifiのギガ数の問題で、動画は見ませんでした。

 ロビーに下りて、パソコンで情報収集をしつつ、米国のインストラクターの動画で自衛隊のレンジルールと民間の違いを認識し、眠りにつきます。

 次の日、ベッドメイクに来るスタッフへのチップとして、1ドル札をくしゃらせて(新札だと偽札に思われる)枕元に置き、部屋を出ました。

 グアムで日本語はほとんど通じません。

 朝食をロビーで頼む時、スタッフのあまりの英語訛りに聞き取れませんでした。

 こちらも日本人英語の訛りです。

 訛りが強い者同士の戦いでした。

 リスニングのような綺麗な発音は意味がないことを、改めて知りました。

 日本人全員がニュースキャスターやナレーターのような滑舌、語彙、発音ができる訳ではありません。

 重要なのは、「ボディランゲージを踏まえ、分かりやすい単語で、短くまとめる」ことです。

 ワールドガンに到着すると、ガンショップのオーナーは歓迎してくれて、射場規則と銃、弾代が書かれた紙を渡されました。

 実は渡航前に全ての弾数と代金の計算は終わっていたので、直ぐに射撃場に向かうことになりました。

 途中でスーパーでおにぎりを買ってレジに進むと、「パスポートを見せろ」と店員に言われ、穏やかではない雰囲気になりました。

 どうやら、現地の店員は「軽食ごときをカードで払おうとするなんて、詐欺師に違いない」という認識を持っていたようです。

 私は部屋の金庫を一切信用していなかったので、パスポートを含めた貴重品をポーチに入れ、チェーンでジーパンに繋ぎ、それをポケットに入れていました。

 素直に見せようとした時、射撃の現地インストラクターであるフランシスさんが片言で、「日本人だから」と説明してくれました。

 それで店員は納得したようで、私は札を小銭変換する手間を省くことができました。

 しかし、「日本人だから」という言葉で少し腹が立ったのも事実で、今度からはいちゃもんを付けられないくらいの情報収集をしてやろうと思いました。

 フランシスさんは身振り手振りを使った指導をしてくれました。

 陸上自衛隊の教育よりはるかに分かりやすいのはなぜか?

 それは言葉で複雑な意思疎通ができない分、動きで教えてくれるからです。

 そして、インストラクター自身がまず自分で先に実践することによって、イメージと説得力を持たせてくれます。

 言葉や文章より動画の方が分かりやすいのと同じです。

 渡航前に様々なトイガンショップを巡り、撃つことになる銃種の安全装置の位置や、装填方法を予習したのもすぐに馴染んだ理由の1つでした。

 防水メモ帳に、初見で撃った人間が感じる全ての反動、精度などを体感的数値データとして書き込みます。

 そんな中、バンプストックまたはバンプファイア(2018年をもってフルオート加工は禁止)と呼ばれる疑似フルオートを発生させる銃床で射撃していることに、私は不満を抱きます。

 これでは本当のフルオート射撃とは言えない。

 どこで撃てるのか? という質問に対し、フランシス氏の答えは明瞭でした。

「ラスベガス」

 銃器大国の米国でも、フルオートやサプレッサーが許可されている州は限定されています。

 その中でもネバダ州やアリゾナ州は、フルオートやサプレッサーが該当するクラスⅢウェポンの所持が許されている規制の緩い地域です。

 サプレッサーなどは銃と同じく、1つ1つに申請・登録が必要です。

 3日で数千発消費するので、撃った日はホテルで泥のように眠ります。

 渡航前に筋トレで負荷を掛けて、体力はつけてきました。

 それでも射撃は水泳のような楽しさがあるので、自分では気付かない疲労が溜まるものです。

 ホテルに戻るとシャワーを浴び、蒸し暑さから全裸になり、エアコンのクーラーを全開にしました。

 テレビでディスカバリーチャンネルやCNNのニュースが無料で観れたので、「ここはアメリカなんだ」と再認識しました。

 グアムでの3日間はあっという間に過ぎ、国際空港で飛行機に乗り、日本へと帰国します。

 この時、既に次の渡航先は決まっていました。

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