もち粟とうるち粟を合わせ炊いてみた──宮中新嘗祭「粟の御飯」を再現する(令和4年11月9日、水曜日)
宮中新嘗祭の粟の御飯(おんいい)を再現する実験を続けている。
これまではもち粟ともち米を合わせ、炊飯器のおこわモードで炊くという方法を採ってきた。古代人はもち粟を甑で蒸したのだろうと想定したものの、もち粟100%で試みる自信がなかったからである。
宮内庁掌典職OBの話を聞いて「12時間以上吸水させる」ことも分かった。同時に、もち粟とうるち粟と混ぜるという事実も知ることとなった。
それでいよいよ粟100%で実験することになったのだが、これまでは中国産の粟を材料にしていたことに気がついた。まったく信用しないというわけではないが、あらためて国産のもち粟とうるち粟とを入手し、5対1に混ぜ合わせ、実験を試みた。
ただ、わが家の炊飯器では、白米のおこわモードがあり、これを利用して、12分間のスチームで「蒸す」ことを再現してきたのだが、残念なことに粟用のメニューはないし、雑穀米のメニューにはおこわモードがない。やむなく、これまでと同様、白米のおこわモードで実験することにした。
12時間以上吸水させたのち、炊飯器にかけ、炊きあがったあと、半分はおにぎりにし、残る半分はすりこぎで半殺しにし、餅について、団子風に丸めてみた。画像の奥がおにぎりで、手前が団子である。
おにぎりの方はなんとか形崩れしないでまとまっている。団子はいい感じに餅になった。食べてみると、断然、団子の方が美味しい。おにぎりはどうしてもパサパサ感が残る。
そこであらためて掌典OBから聞いた言葉が蘇ってきた。「粟の御飯は、陛下が竹折箸で供饌するのに苦労されるようです」。
宮中新嘗祭の粟がどういう比率で、もち粟とうるち粟を混ぜ合わせるのかは分からないが、パサパサ感が残るものなら、供饌、直会で苦労されることは容易に想像される。
別な言い方をすれば、餅の形態で供饌した方がはるかに扱いやすいのに、なぜそうしないのかということである。もともと粟の民による粟の祭祀では、甑で蒸した御飯を捧げるという神饌調理法を採用しないのではないかという疑問が新たに湧いてくるのである。
そして、台湾先住民の粟の祭祀について学ぶとき、疑念は確信へと変わるのである。(つづく)
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