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「人間の散歩」のススメ

夕方の散歩を日課にしている。近所の公園で水や緑やいきものを眺めたり、商店街まで足を延ばして遅めのお茶をしたり。
この散歩を単なる「散歩」といわず「人間の散歩」と呼んでいるには訳がある。ひょっとすると語感からお気づきの読者もいるかもしれないが、これは「犬を散歩させるように自分を散歩させる」散歩なのだ。


実際、どのくらい歩いてるの?

具体的にどのくらい「人間の散歩」をしているかというと、だいたい以下の通りだ。

  • 頻度:できる限り毎日

  • 時間:だいたい1~2時間

  • 距離:歩数換算で3,000~12,000歩

時間や距離にかなり幅があるが、ボリュームとしては中型~大型犬の散歩1回分くらいかと思う。犬の散歩なら原則マストで毎日行くけれど、人間の散歩は“できる限り”毎日。仕事やプライベートの用事で出かけた日や、なんだか疲れてしまったときは遠慮なくスキップする。また、ただただ歩き続けるわけではなく、時々お店に立ち寄ったり、シェアサイクルや電車でショートカットしたりもしていて、ウォーキングよりはかなりゆるめだ。あまり努力しなくても習慣として続けられる範囲で楽しんでいるといえる。

犬が教えてくれたメリハリのある生活

もちろん、この散歩の習慣を教えてくれたのはほかでもない愛犬たちだ。実家に帰って在宅ワークをしていると、愛犬2匹の生活リズムを一日中観察できる。彼らの毎日は基本的にまったく同じことの繰り返しだ。

  • 起床

  • 朝の散歩

  • 朝食

  • 庭で遊ぶ

  • 休憩、昼寝

  • 人間のおやつ時を一緒に過ごす

  • 休憩

  • 夕方の散歩

  • 夕食

  • 知育

  • 就寝

これらのうち、休憩や昼寝の時間は犬たちなりに退屈なようで、両親がテレビを見ながらうとうとしている様を上目遣いでじっとり見つめている姿もよく見かける。

しかし彼らが「毎日同じことの繰り返しで、私の人生(犬生?)ってなんてつまらないんだろう……」と思っているようにはまったく見えない。退屈そうなときもあるけれど、それ以上に食事や遊び、散歩の時間を全力で、本気で楽しんでいる姿のほうが印象的だ。


こんな犬たちみたいに生きたい。自分の人生なんかに思いをはせるまでもなく、何気ない毎日を全力で生きたい──。
「なんて退屈な人生なんだ」とまさに鬱々としていた私はそう思った。そこで犬たちの一日を分析して気付いたのが、上記のようなメリハリだ。

私は在宅ワークがメインのフリーランスなので、仕事と休憩の境目が曖昧になりがちで、意識しなければ気持ちの切り替えや心身のリフレッシュがなかなか難しい。朝はぼんやりスマホを見ながら一日がスタートし、Slackやメールの通知が来たらなし崩し的に仕事を始める。夕方、仕事が一段落したらメールチェックの流れでまたぼんやりとスマホを見て、19時前後になったらスマホゲームのデイリーミッションをこなしながら、ぼちぼち夕飯の支度をする──。こういう一日の過ごし方はゆったりとしているようで、実は意外と精神的な疲れを感じやすい。「もっとダラダラしたいけどそろそろ仕事しなきゃ」「一日仕事をがんばったから休憩したいけど、家のことも気になる」といった義務的なメンタリティに陥りがちで、ストレスがたまりやすいのかもしれない。またPCやスマホのディスプレイを眺めっぱなしになるので、目の疲れや肩こりもキツくなる。

そんなメリハリのない暮らしを送っているから、私は毎日、何となく元気がないのではないか。そこで思いついたのがこのたびのアイデアだ。「私も犬みたいに、すべてを忘れて散歩に集中して全力で楽しめる時間を作れば、毎日にもっとハリが生まれるんじゃないだろうか」と。

自分で自分を世話してやる

こうして人間の散歩を習慣にしてから、やはり調子がいい。特にメンタル面の効果が大きいように思う。散歩中は仕事のことも家のことも考えず、犬が鼻をくんくんさせたり耳をピンとそばだてたりしながら外の世界を楽しむように、とにかく集中して周りの風景を味わう。すると不思議なくらい、頭がすっきりとリセットされるのだ。それに、移り変わる季節を映す自然の姿や、いろいろな人の声と顔でにぎわう商店街の様子を見て「こういう何気ない物事に対して、少しずつ楽しさや面白さを感じる毎日の積み重ねが、面白い人生をつくるのかもな」なんてポジティブな気持ちにもなれてしまう。

いろんな音や匂いを感じる公園の散歩が好き。この日は月がきれいだった。

実際、これらは多くの人が実践している散歩以上のメリットではないと思う。ただ、おそらく私の場合「散歩をする」だけでは習慣化はできない。犬を散歩させるのと同じで「私を散歩させる」=「自分で自分を世話してやる」というモチベーションのほうが、どうも私にはしっくりくるのだ。こう考えると、私は散歩をさせられる犬の気持ちと、散歩をさせる飼い主の気持ちの両方を味わうことで、ひょっとすると一般的な「家から出て散歩する」習慣+αの何かを得られているのかもしれない。

あまり一般的な感覚ではないと思うが、自分で自分を散歩させてやる「人間の散歩」、毎日が退屈で心が疲れてたまらないという人におすすめしたい。

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