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●はじめに ー事件の筋より人の筋?ー

弁護士業界には、「事件の筋より人の筋」という格言があります。

「事件の筋」とは、なんとも表現しにくい感覚ではあるのですが、あえて言うならば、「依頼者の意向に沿いやすい事件(仕事)」ということになりましょうか。

「人の筋」とは、端的に言えば、依頼者の人柄、ということです。

そうしますと、「事件の筋より人の筋」という前述の格言は、要するに、依頼者の意向に沿いやすい仕事だったとしても、依頼者の人柄によってはこれを避けたほうが賢明であり、逆に依頼者の意向に沿いにくい仕事だったとしても、依頼者の人柄によってはやってやれないことはない、というようなことだと理解できます。

もちろん弁護士も人間ですので、依頼者の人間性が良いに越したことはないです。
怒鳴ったり、理不尽な怒りをぶつけてきたりする依頼者の仕事というものは、たとえ依頼者の意向に沿った結論を得やすい仕事だったとしても、依頼者との関係で予期せぬトラブルに見舞われたりすることもあり、結果として困難な案件となってしまうこともあります。

仕事の依頼(委任)はクライアントとの信頼関係の上に成り立っています。法的トラブルには相手があることが多く、そうである以上、当初の見立て通りに事が進まないことは少なくありません。もちろん事前にそのような説明は当然しますし、可能な限りリスクの説明はするのですが、いざハードルが出現したら、それまでの態度を豹変させ、弁護士に食ってかかってくる方は残念ながら少なくありません。
たとえハードルの多い案件だったとしても、そのことを承知で任せているので、と言ってくれる依頼者とは、ひとつひとつのハードルを一緒に乗り越えていくことができますが、ハードルが出現するたびにこちらを責め、批難されると、できる仕事もできなくなる、というのが信頼関係というものです。

弁護士としてある程度の年数仕事をしてきまして、もちろん仕事を断る(依頼したいと言われたとしてもお受け出来かねると回答する)こともあれば、残念ながら一度お引き受けした案件を途中で辞任することになったこともあります。
本稿では、どのような場合に仕事から手を引くことを考えるべきか、という視点から、「困った」クライアントのタイプ別に考察していきたいと思います。

●「嫌なクライアント」とは

「嫌な」とは、あまりに漠然とした表現であり、タイトルとしてのキャッチ―さを意識し過ぎたきらいもありますので、ここで言いたいことをもう少し具体化しますと、「一緒に仕事をすることを避けるべき」クライアント、ということになります。

そのようなクライアントはおおむね以下のように分類できると思われます。

①違法行為を教唆してくるクライアント

典型的には、刑事事件の現場でありがちな、覚せい剤所持・使用で逮捕された人からの「○○駅のコインロッカーに入っているものを取り出して処分してほしい(○○さんに渡してほしい)」というような頼みごとです。

また、クライアントではないですが、弁護士法72条違反のいわゆる非弁提携(弁護士法上許されない、弁護士でない業者との「ビジネス」を指します。刑事罰もあります。)のようなことをもちかけられることは弁護士ならば多いと言えます。

こうした、一見して違法な行為(あるいは違法な行為である可能性が高度な行為)を求められた場合の対処は比較的わかりやすく、違法な行為を求めてくる相手とは仕事はできない、と突き放すことになります。

②グレーな行為をゴリ押ししてくるクライアント

上記①のように、一見して違法行為(あるいはその可能性が高度)であることが明白なのであれば対処もしやすいのですが、そうではない、法に触れるのか否かが「グレー」な行為について、ゴリ押ししてくるクライアントへの対応はよりやっかいなものとなります。

上記①にある非弁提携の問題も似た部分があるのですが、⑴違法だと直ちには言い切れない(というか適法)なのだと説得してやらせようとしてくるパターンと、⑵グレー(というか違法寄り)なことも清濁併せ呑むのが弁護士だ、などと開き直ってゴリ押ししてくるパターンとがあるように思われます。

①とは異なり、このようなクライアントとどこまで付き合うかは弁護士によっても判断の別れるところだと思われます。
また、もちろん一口に「グレー」と言いましてもグラデーションのあるところでもありますので、「完全に黒よりのグレー」なのか、「法解釈の余地のあるグレーとホワイトの間」なのかで全く変わってくるものと思われます。

「法解釈の余地のあるグレーとホワイトの間」において、リスクを洗い出した上でGOもありうるとアドバイスすることは企業法務ではままあることですが、ここで問題にしたいのは、そのような話ではなく、法に触れると直ちに断言することはできないにせよ、トラブルのもとになる、あるいは弁護士倫理上(弁護士職務基本規程上)問題となりうるからやりにくい手段をゴリ押ししてくるクライアントについてです。

ここで考えなければならないのは、なぜ、そのクライアントに忠義だてして危ない橋を渡る必要があるのか、ということです。

フィーの問題なのか、人間関係(付き合い)の問題なのか、あるいはその程度の「危ない橋」はそれこそ「清濁併せ呑むのが弁護士」という「基本的人権の擁護・社会的正義の実現」のための必要な手段だと考えるのか。弁護士としてのスタンスが問われます。

当事務所の考え方をお示ししておきますと、上述してきたような「グレー」な手段については、弁護士の判断としてホワイトと解釈できるとしてGOだと判断することがあることを否定はしませんが、クライアントからゴリ押しされて仕方なくやるようなものとは思っておりません。

たとえば、横断歩道を赤信号で渡っても、車が全く来ない場所であれば問題となることは少ないのでしょう。法律に反する行為であっても、実際には問題になることは少ない、ということは実社会では往々にしてあります。
他方で、面と向かって「赤信号でも行って良いか」と聞かれますと、立場上やめるべき、と言わざるを得ません。
この例えでは、横断歩道を赤信号で渡ることは法律に反するので、やめるべきだと答えやすいわけですが、これが案件を処理する際の手段の問題となりますと、それほど問題になることはないのだから、依頼者が勝手にやることを止めないでほしい、聞かなかったことにしてほしい、と言われることがあるわけです。
こんなとき、クロと決まったわけではないのだから、案件を解決するための手段として容認するのか、それとも「君子危うきに近づかず」とばかりに予防線を張るのか。
私は後者を選択するようにしています。

フィーの問題から検討しますと、基本的に、弁護士業では、「報酬基準」なるものを設定し、事務所が定めた基準通りに弁護士費用を計算することが多いと言えます。そうしますと、当該事務所基準を離れて、「このクライアントからは通常より多くもらっている」、というようなことは起こりにくいと言えます。
莫大なフィーをもらっているのだとしたら、クライアントの意向にひきずられやすくなる、ということはあり得るのかもしれませんが、通常そのようなことはありません。

人間関係(付き合い)の問題について、当事務所のような小規模の事務所の場合、一見客よりも紹介客の比率が高いと言え、紹介してくれたお客さんへの顔的なことを考慮して、グレーの手段をゴリ押ししてくるクライアントの意向にNOといえない、ということが考えられます。

この点は難しいところですが、弁護士として取りにくい手段をゴリ押ししてくるクライアントに配慮しなければ紹介してくれたお客さんがこれから新規のお客さんを紹介してくれなくなる、というのであれば、その紹介筋からの紹介に頼った経営をしていると、今後似たようなゴリ押し系クライアントを紹介された場合にも同じように不承不承クライアントの意向を汲んで仕事をしなければいけなくなるわけですので、そのような紹介筋を後生大事にする必要はないものと思われます。

最期に、弁護士としてのスタンスの問題ですが、少なくとも弁護士倫理(弁護士職務基本規程)に触れる「可能性がある」というレベルなのであれば、そのような手段を取ったことによって、踏み込み過ぎで後に批難されることは覚悟しなければなりません。
他方で、踏み込まなかったとしてクライアントの意向に沿わなかったことによりクライアントから批難されたとしてもその批難は不当であることは明らかですから、リスクヘッジとして、踏み込まない選択をすることが賢明であると考えられます。

③暴言・大声で威嚇してくるクライアント

どのような職種においてもこのようなクライアントは常に存在すると同時に、対処に頭を悩まされていることと思われます。

弁護士の場合、メインにする仕事にもよりますが、ため口で大声をあげられるということ自体がレアですので、他の職種よりも耐性は低いと言わざるを得ないでしょう。

たとえば、刑事事件などでは、被疑者・被告人から「~ちゃうんかい!(怒)」くらいのことを言われることはあります。
これくらいのことを言われたとしても、グッとこらえるのですが、「俺が出所したときには覚えとけよ」まで言われたら仕事を降りるしかないのでしょう。

刑事事件に限らず民事事件においても、法的トラブルを抱えて精神的に不安定になる気持ちは理解できますので、「ため口で大声」まではガマンしますが、暴言(バカ・アホ)や責任転嫁(お前のせいでこうなった)、返金(金返せ)や損害賠償(何らかの支払いをしろ)といった話になってきますと、即辞任するほかないと考える弁護士が多いのではないでしょうか。

④執拗に議論に及ぶクライアント

このタイプもどのような職種においても存在するものと思われます。
弁護士業界でも同様で、ネットで見つけた情報をもとに、「~というような手段のほうがいいのではないですか」と聞かれることは増えてきました。

適切な議論や疑問点の解消はむしろ称揚されるべきもので、お客さんの知識より劣るのであればプロとは言えません。
他方で、結局は責任転嫁するために、結論の出ない問題に対して執拗に議論を重ね、議論のための議論によって疲弊させられるという場合もあります。

往々にして、世の中には「議論のための議論」が好きな人がおり、そのような人は、そのような議論が無意味かつ相手の心情を害することをしているとはつゆとも考えないものです。

このタイプの場合、暴言・大声タイプよりも対処方法は難しいと言えます。あくまでもソフトに、しかしねちっこく、執拗に議論を求められた場合、それが「議論」の形を取っている以上、付き合わなければならないとも思われるからです。

さりとて、どこかで線引きは必要であり、その境界線は結局のところ「信頼関係」が保たれているかどうか、という話になるものと思われます。
このタイプは、いろいろなことを言ってはきますが、つまるところ、依頼はしたものの、当方のアドバイスに従うことに不安があるからこそ、議論をしかけてくるように思われるのであり、そうであれば、弁護士としての当方を信頼できていないということになりますので、どこかの段階で仕事を降りることを検討しなければならないものと思われます。

一方、このようなタイプはこちらが仕事を降りと決めたとしても、いろいろ理由をつけてなかなか辞めさせてくれない、ということがありますので、この点においても対処はかなりやっかいです・・・

●「嫌なクライアント」に対処する際の心構え

では、上記のようなクライアントから仕事を頼まれたとき、あるいは頼まれた仕事を降りるとき、どのようにふるまえばよいのでしょうか。

身も蓋もない話になってしまうのですが、結局のところ、「胆力」、つまり敢然と断る気合いではないかと思うわけです。

○○さんの紹介の人を無下に断って○○さんから今後紹介してもらえなくなるかもしれない、とか、この段階で仕事を降りて費用の返還などでトラブったらどうしよう、とか、果ては、難事件(クライアントがやっかいを含む)を歯を食いしばって解決してこそプロなんだから、ここで逃げては先が思いやられる、とか、起こるかどうかもわからないことを不安視して逡巡してみても仕方がないわけで、そうした起こるかどうかもわからないことよりも、上記のようなクライアントと関わることによる心理的負担、トラブルが生じるリスク等をまずは避けることこそが合理的な決断だと思われるのです。

とはいえ、様々な関係性から嫌な仕事を受けざるを得ないこと、あるいは嫌な仕事から抜け出せなくなることがあることもまた事実だと思います。
仕事の断り方、あるいは仕事の降り方を身に付けることは、いわゆるクライアントワークの業種においては非常に重要なスキルと言えるのではないでしょうか。



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