SPY×FAMILYって有閑倶楽部だよねって

漫画、ひいては創作の類型として名前がついてるか知らないが、その二つは同じ類型にあると感じる。
小説の三匹のおっさんもそう。サカモトデイズやカグラバチの少なくとも序盤もそう(序盤で切ったから)
超人がバッタバッタと敵を薙ぎ倒す。
そこに人気があるらしい。
そんなんで毒者はうおおおってなるらしい。
それは時として薄っぺらいが、その薄っぺらさを気にしないノリだけの大衆が毒者に増えれば増えるほどに、それは資本主義的多数決=数字によって支持され正義、スタンダードとなる。
リアルであれば闇雲に良いとは言わないが、今はあまりにそちらに振り切り過ぎていると感じる。
馬鹿らしい、ナンセンスな感覚。
この件について思いを馳せてみれば、それは別に漫画や小説というジャンルや、日本という地域に留まることを知らない概念かもしれない。
例えばスーパーマンとかもそうかもしれない、という声が私の中にあがったが、それは感覚的に異なる類型に属していると思える。
なんかちがうんだ。
白状すればわたしは今この件を、その類型の条件たるものを言語化する力を有していない。
わたしはただそれらに類型を感じ取り、そして脱力感というか、なんだかなぁと言う感慨を抱くばかりである。
私の言うこの類型に関して、昔はそういうものはオタク的な女性だけが好きだったものであるのだが、今では広く一般化してしまったと言える。これは正直言って平和ボケに他ならない。
安全な国で安寧の中でしょうもない平和ボケを嗜んでいる。デウスエクスマキナをもっと酷くしたような味わいである。さんざひっぱったが要するに嫌いなのだ、そういう軽薄さが。何も考えないでスゲーしてればいいというオタク的なノリが市民権を得ていく視野狭窄の街が諸共嫌いなのだ。
他の多くの事と同様、この流れが覆されることはないだろう。
わたしにもしこの類型の条件を列挙できるだけの諸々の力が有れば或いは少しの理解や共感も得られたかもしれないが、今のわたしにそれはないので仕方がなく、ここらで筆を置く事にしよう。
わたし自身、そう言うものと所謂王道少年漫画のようなものやシリアスなサスペンスなどが有する主人公及びその仲間の能力の多寡について何が違うのかを上手く説明できない程に整理できていない。
ただただ見切り発車的に、いつもの如く、それが嫌いだと地団駄を踏むばかりだ。
それはそれで、見るものによっては幼稚さを感ぜさせるものであろうが、それこそわたしの知ったことではない。
そもわたしのことを取り上げるような人間はこの世に居らぬから、それは過ぎた想定なのだけれど。

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