性欲が無くなる薬と男女の身体に依らない子作りができるようになれば問題は解決すると信じる事

わたしは自分の住む街の女の人が基本的に嫌いです。
これは最初からそうだったのではなく様々な経験によって養われた感覚です。
また、一口に「女の人」といってもも色んな人がいらっしゃいますから、中には尊敬できる方や親しみを感じられる方もいらっしゃいます。
それはわかっているのです。
しかし、半数以上は公正な判断力を欠く自己中心的でわがままなモンスターであるように見受けられます。
わたしがその人達に嫌われたいとさえ思ってるように、その人たちもわたしに嫌われて一向に構わないのでしょうから、わたしはこの件
隠す必要がありません。
わたしが嫌いな女の人達は大抵恋愛至上主義者なので「男好き」と呼べる気がしますが、所謂「女好き」の多くがその虚像の内側に男尊女卑を抱えているのと同様に彼女達も女尊男卑を抱えているように見えます。
しかし男女では恋愛市場で求められる振る舞いが全く異なる為に、女好きの男の人は男尊女卑を巧妙に隠蔽する必要がありますが、男好きの女の人は女尊男卑を必ずしも隠す必要がなく、それで勘違いして露骨に公然の元に晒している人が多いように思います。

さて。
属性を否定されることを面白く思わないことも、それに対して反射的に否定的感情を持ってしまうことも、自然な流れだとは思っています。
わたしはあなたを説得やまして矯正してやろうなどという腹づもりはなくあなたがどう感じ何を思おうがそれは立派なあなたの権利であると考えます。
なので、好きにしてください。
では、閑話休題。

やることといったら自分が直接害されたわけでもないのに「みんなと違う」というその気色の悪い生態から他人の悪口や攻撃をするばかり。
反撃ならまだしもそれらは大抵自発的に無遠慮に不躾にそして日常的に行われます。

嘆かわしいのは下半身で動いてる量産型男共がそんな女共に合わせてる内にみるみる「女化」していることです。
彼らは女の機嫌を損ねたくないので基本的に肯定や同調の姿勢を取るでしょう。
心理的に本当におかしいと思っても面倒なヒステリー等を避けるために味方とならなければならないのです。
それを勘違い女は本物の賛同として扱い助長するからタチが悪い。

少しそれました。それは身勝手な女と女の尻ばかり追いかけてる男が嫌いという話でした。

そのような女や男が発生する背景の一つが日本の歪な恋愛の慣習にあると思うので、それを変更できればそのような女や男の絶対数を減らせるように思えます。
思えますが無理でしょうね。

生産性のない女とそれに同調するしかない男というクソだるい構図がなくなるのでかなりまともな国になると思いますがむりでしょうね。

全ての女の人はバリキャリになればいいと思うのです。
バリキャリの女性がぶち当たるような「女の癖に」とか「女だから昇進できない」みたいな障害は無くなればいいと思う。
わたしは男女別姓に賛成だし女性の権利拡大にも賛成します。
しかし勘違いお姫様バカ女共の権利を手放しに野放しに拡大するべきでないと考えているまでです。
そのような女をなくす方法がもう表題のようなトンデモ発明しか存在しないと思えるのが事の根深さ複雑さ歪みを表しているでしょう。

多くの人は日本の凝り固まった慣習は変えられないしダメな部分も変える気がない。
諦めているから。
問題意識がないから。
どいつもこいつも近視眼的に目の前の自分のことだけ処理しきれたら満足で問題の多くに対しては「自分が困らなければどうでもいい」というのが本音であるでしょう。
故に誰も変えようとしない。
特にバカ女とそのセットのバカ男は顕著です。
何故ならバカ女はバカな癖に現状の歪なスタイルに恩恵を受けている為現状が変わると不利益を被る立場にある。
だから認めないし必死に否定する。
自分だけよければいいからね。
その癖便利に他人には自己責任論を思考停止で適応する。
救いようはないがこの無駄な庇護は止められないだろう。

わたしは少子化対策の方法として移民が流入する形でも最早仕方ないと思っている。
日本人が民族的になくなっていくことはもう恐らく避けられないから諦めよう。
中韓がかなり前からそれについて取り組んでるようにわたしには見える。

子作りに性交や母体が必要ないのであればバリキャリ女性が感じているような「男と比べて女であるから不利益を被る」ことの要因の一つである「産休や育児での休職や退職を鑑みて昇進に踏み切れない人事」みたいなこともなくなるのではないか。
全国民から性欲がなくなれば「どしたん?話きこか」とテンプレめいて寄っていく男も減り女に迎合し本音を隠した腰抜けの狡猾な男共が減り真に男女平等な競争社会が実現できる筈。
一部の男社会を壊すのはバリキャリ女性主導の仕事だと思うのでそこは勝手に頑張っていただければいい。

もっといえば性別がなくなったらいいと思ってる。
というか不老不死が実現したら非出生主義を旗本にしてもいいんじゃないだろうか。
新しい風、新陳代謝が起きなくて滅びる気もするが、いくら足掻いたって我々はこの窮屈な太陽系からすら出られない微細矮小な存在であり、宇宙的な災害に対応できもしないのだからどうせいつかは絶滅する。
だからそれもいいんじゃないかな。

人類がしぶとく蔓延し続ける為には性別や人種といった多様性は寧ろ障壁になる。
多様性がないと淘汰圧に負けやすいだろうがそれ以前に人類同士の諍いが止まない為に自滅の道を選ぶこととなるだろう。
ご自慢の技術力や賢さを駆使して淘汰圧から解脱した地点に到達できなければそもそもしぶとく生き残ることはできないのではないか。
そして我々がそういうものに負けないレベルでもっと技術を発達させ賢くなる為には争ってるような場合ではない筈だ。

我々が核戦争で滅亡するか、環境破壊で滅亡するか、宇宙的災害で滅亡するか、わからないが、いずれにせよ我々に永遠はない。
多少の延命はできても例外なくことごとくいつか死ぬ。
誤用でない意味で須らくいつか死ぬべしとする価値観もあろう。

我々は必死に何らかの活動をしたり延命に躍起であるが、行き着く先が絶滅であることを知っている。
きっとまた氷河期はくるし隕石は落ちる。
そうでなくとも地軸が歪むかもしれない。
自転や公転の速度が変わるかもしれない。

一番どうしようもないのはガンマ線バースト。

どれだけ研究しようが開発を進めようがそれに抗う術は我々にはない。

全てが無意味である。
だからこそわたしは身近な些事ともいえる不愉快を取り除くことにこそ興味がある。
(その意味で結局は近視眼的なと批判した彼らと大差ないのかもしれない。)
なのでわたしは提唱する。
トンデモと知りつつ提起する。

性欲がなくなる薬と男女の体に依らない子作りが可能になれば人間社会はもう少しまともになる筈だ、と。

意味わかんない?
それでいい。
意味わかった?
どうでもいい。

もう整然とまとめる気力すら削がれてしまっているんだ。
誰かさん達のせいで。
ほなさいなら。

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