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7月チェロレッスン3回目:動揺

車を降りたらちょうど雨が降ってきてしまった。
担いだチェロが濡れないように、ケースの頭ごと傘をさす。

「こんにちはー。雨降ってきちゃいました。しかも雷雨ですよ。」

私の前に生徒さんはいなかったらしく、先生は私の知らない曲を弾いていた。

「タイミング悪かったなー。傘持ってた?」

「車に常備してるので大丈夫です。午前中レッスン室借りました。ナスいっぱいもらったので、今日は冷蔵庫に煮びたし入れてきました。食べてください。」

楽器ケースをタオルで拭き拭きしながら話した。

「おー、ありがとう。」と先生。


今日も引き続き「バッハ無伴奏チェロ組曲第3番プレリュード」。
前回も散々の評価だった。
今日もうまく弾けなくて合格もらえなくても、この曲は一旦終わり。
8月から発表会の曲にとりかかるためだ。
合格にならなかったら、発表会後さらにレッスンを受けることになる(もう飽きたのに…(ーー;))。

いつもの慣らしボウイングと音階練習の後、
「じゃあ、どうぞ。」と先生。
数小節爪弾いて音を確かめてから演奏に入る。

外は防音室でも聞こえるくらいの雨だったけど、気にならなかった。
チェロとチェロの音と自分だけの世界になる。
頭で考えなくても勝手に手と腕が動く。
リズムに乗りすぎて速くならないようにだけ、気を付けた。
演奏しながら「お腹空いたな、何か食べてくればよかった」とか考えた。

最後に「天上に捧げるように」、重音を丁寧に弾いて終える。
静かな音の余韻が空間に漂って消えた。

静寂…。

楽譜を見ていた先生がキャスター付きの椅子を引いて私に向き直り、静かに「Bravo」と言った。

「フレーズ毎に君が何を表現したいのかがよくわかる演奏だった。アルペジオも見事だった…鳥肌が立ったよ。おめでとう、合格だ。」

やったぁ〜〜〜〜🎉🎉🎉🎉
思わず弓を持つ手でバンザイ🙌🏻

「前回のレッスンと雲泥の差だったけど、何があったの?」と先生。

たぶん、サロコンで人前でたっぷり弾いて、溜まっていたフラストレーションが解消されたんだと思う、と説明した。

「おまえは物怖じしないもんなぁ。」と先生が苦笑した。


発表会の曲は同じ3番の「サラバンド」だ。

先生が曲の解説をしてくれる。

前後のクーラントとブーレと曲調が違うのはわかるよね。物悲しい感じ。
3.11の後、チェリストの間でよく弾かれた曲だよ。
イメージ的には、古い石造りの小さな教会でひとり静かに奏でるみたいな。
全体的にカルムな感じ。内に秘めた悲しみが出せるといい。
最後4小節はステンドグラスから夕暮れ最後の光が差すように、希望を感じさせて納めて。

ふむふむ。イメージはわかった。
あとは、具体的な技術面を教わってレッスン終了。


片付けしながら、先日ダンナに「オビ=ワンに聞いてみな」と言われたことを思い出す。

「センセ、私、10代の頃って怖いもの知らずだったなぁと思うんです。その頃に比べると今は大人になったかな、って。私、昔と変わりましたか??」

先生一瞬キョトンとした後、大爆笑しだした!

「フラストレーションを舞台で解消するヤツがソレ言うか⁈今でも怖いもの知らずだよ!夜はどういう人が大人だかちゃんとわかって言ってるの⁈」

すっかり馬鹿にされた。
あまりにも笑うので、私は不貞腐れて先生に背を向けて片付けに集中した。

「人生の重大イベント経験したよね、なのにぜんぜん変わってないんだもんな…なんにも変わってなくて…びっくりした。」

なんにも…のところで、先生の声が私の演奏ミスを指摘するときのように真剣なものに変わったので、ハッとして振り向いた。

ちょうど雨が止んだようで、先生の後ろの窓から強い夕日の光が入っていた。
先生は真っ直ぐ私を見ていた。
眩しくて先生の表情がよく見えなかったけれど、もう笑っていないのはわかった。

先生が真剣な口調のまま、
「夜、おまえさ、…」と続けた。

私はとっさに言った。
「先生!次の人のレッスン時間です。生徒さん来てますよ。煮びたし、今日食べないならつけ汁から出してくださいね。味が濃くなっちゃいますから。ではまた8月下旬に来ます!」
先生を見ないで一気にしゃべって、レッスン室の扉を開けた。

後ろから先生が「定期、頑張れよ。」と言ってきた。
私は「はーい、がんばりまーす。」と手を振って出て行った。


胸がドキドキしているのは、早歩きしているせいじゃない。
さっき先生は私に言ってはいけないことを言おうとしていた。
なので、私は先生の言葉をさえぎった。
きっと先生は、私がわざと先生が確実にいない時間帯を狙って自宅のレッスン室を使っていることに気付いている。

なんで私が、こんな昼ドラみたいなことになってるんだろ…?

次のレッスンは8月下旬。
1か月お休み。その頃にはオケの定期演奏会も終わっている。
それまで呼び出されることがなければ、先生に会うことはない。
先生には1か月の間に冷静になってほしい…。

…いや、きっと気のせい。私の思い過ごしだ。
先生は別のことを言おうとしていたに違いない。

そう思い直して車に乗った。

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