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4月チェロレッスン1回目:オケ癖

「楽器の調整、どうだった?」

レッスン室で私が準備していると、先生が聞いてきた。
先週、楽器にお茶かけた事件(?)で工房に持ち込んだ。
お茶の影響は幸いなかったが、職人のお兄さんが「ちょっと魂柱を調整しようか」と言い、数日預けていた。

「最初はG線がうるさすぎて嫌だったので、再調整してもらいました。そうしたら、今度はADG全部響くんです。お兄さんにうるさくないかって言ったら、しばらくソレで慣れてみて、って。まだ慣れないです。」

先生笑った。
「ソリストとしてはいいかも。オケではうるさくて目立つかもね。
嫌だったら、再調整してもらいな。」
そうしよう。

私がウォーミングアップの音階練習をしているのを頬杖して聴いていた先生。
「あー、コレはソリストの楽器だ。よく鳴るなー。夜には勿体無い。」
「えー。」私、不満。
「Kさんがお前のためにって出してきたからいいんだけど。」

しがないアマチュアチェリストの私に、なぜお兄さんが秘蔵の楽器を出してきたのか。
お兄さんが語らないので、知らない。

先生には「コレを自分のものにするなら、生涯チェロを弾く覚悟が必要」と言われた。

修理を終えたチェロを借りて2週間後「このチェロ、私にください。」とお兄さんに言ったとき、私はもう逃げないと決めた。
昨年の夏の話だ。

★★★★

レッスンは相変わらず無伴奏5番プレリュード。

「序奏から弾いてみなさい」との先生の指示で、序奏からテーマまで弾いた。先生の前で一人でテーマを弾くのは初めてだ。

弾き終えると、先生
「うん。序奏はそれでいい。
テーマのほうなんだけど。
CとG(低い方の弦)もっと鳴らして欲しいのに、なんでそんな大人しいんだ?…また、オケのせいか!」

私が何か言う前に、先生はそう結論づけた。

「開放弦、全然使ってないのか。オケ癖が付いてる。それじゃあ迫力が出ないのは当たり前だ。」

開放弦とは、弦を指でおさえることなく、そのまま鳴らすことである。一番高い音が出るA(1番)線から順に、ラレソド、が開放で出る。

オケで弾くときは、開放弦を使わない。うるさいからだ。

チェロは大きいので、例えば1番線の開放“ラ”の音を、2番線の4ポジションで出すこともできる。
一番低い”ド“はできないけれど、ほかは違う弦で同じ音を出すことができる。
チェロは音の出し方が複雑だ。

そのようなことで、オケ癖のついた私は、開放弦を避けて弾いていた。

「そんな複雑な弾き方するなよ。
4ポジ使わないで1ポジで弾けるじゃないか。」

4ポジションは指を胴体近くの弦に置く弾き方。ポジションは数字が上がるほど音が高くなるが、弾きにくくなるため、音が大人しくなりがちだ。
(ここら辺の説明はなかなか難しい…。)
私は精々8ポジションくらいまでしかキレイに鳴らせない。先生は10ポジも平気。
1ポジションは楽だ。私はわざわざ1ポジションを避けて弾いていた。

「僕がここで教えるのは、ソリストの弾き方なの。
ソリストとオケマンの弾き方は違うって、常々言ってるだろ。」

…はい。言ってますね…。

先生はソリストを育てたいようで、弟子たちがオケに入ることを良しとしない。
私は音楽家を目指していないので、別である。
しかし、最近先生は私にオケをやめて欲しそうではある。

「ビブラートもいらない。
ボウイングテクニックとアーティキュレーションで音を響かせなさい。」

「センセはバッハ弾くとき、ビブラートいらないって言いますよね。それってバロックの時代はガット弦でビブラートかけられなかったからですか?」

「違う。」と先生。

「そもそも弓の形状が違うの。」

★★★★

バロック時代のチェロは、今のようにエンドピンがなかった。楽器を膝の間に挟んで演奏していた。
弓は持ち手が大きく、先に行くほど細くなり、短い形状だった。なので、音を長く出すことができなかったとのこと。
よって、ビブラートをかけることはなかった。

現在のような、全体的に細くて長い弓が開発されたのは200年前のトルテである。

との、先生のうんちく。

★★★★

「夜も色んな演奏家の無伴奏を聴くと思うけれど、ほとんどが現代の弾き方だよね。
僕はバロック時代の弾き方を教えたいの。
演奏の参考にするなら、古楽器演奏を聴きなさい。」

「でも私、序奏は結構ビブラートかけてますよ。いいんですか?」
「序奏はいい。気持ちはわかる。四分音符が度々出てくるから。そこは僕もビブラートかけるし。でも、テーマからは16分音符ばかりでビブラートかけるところはないだろう。8分音符は少しかかるかな。無理にかけることはない。弓使いとアーティキュレーションが大事。」

「わかりました。」

ポジション移動を少なくし、なるべく1ポジションで弾くことを確認して、レッスン終了。

★★★★

「センセ、また演奏依頼が来ちゃいました…。」

年明けに、前の職場でのロビーコンサートを手伝った。それで、私がチェロを弾けるという噂が広まった。
加えて、3月に出演したモツレク。
ゲネプロから報道が入っていた。
新聞に二度、テレビに二度映った。

メディアの影響はこんなに大きなものなのか。
見ている人は見ているものなのだなぁ。

噂が一気に広まった。
そして私に直接「どこそこで弾いてほしい」という依頼が来るようになった。

「断ったのか?」

演奏するとなると、慣れた曲であっても練習が必要だ。
夏のオケの定期演奏会まではそちらに集中したいので、7月までの依頼は全て断っている。

「それが…。今度の依頼は職場の一番上の上司なんですよ。断りづらいです。時期は8月下旬か9月だから受けられなくもなく…。」

楽団や先生を通しての依頼なら楽団や先生の収入として出演料をいただくこともできる。
しかし、私個人に直接となると、いただくことはできない。公務員だから。
依頼者にとって「タダ演奏」は魅力だろう。

先生は深くため息をついた。
先生はこうした依頼を私が受けることを良く思っていない。課題に集中できなくなるから。
それに…私の負担が増えることで、私が潰れるから。
心配してくれているのだ。

私はたくさんのことを割と器用にこなすことができる。仕事にしても経験年数的に重いものを任されるようになってきた。それをこなせたことで、更に仕事が増えた。
オケの運営にしてもそうだ。

器用にできることを多くの人は良いことと捉えるだろうが、私も先生も、私に限っては良くないことと思っている。
以前それで私が病んだからだ。
職場内のどの派閥にも属さず、うまく立ち回るために無意識に忖度する性格も、拍車をかけている。

「まだ時間があるので、詳しい話を聞いてから依頼を受けるかどうか考えたいと思います。」
「最終的にお前が決めたなら僕は反対しないけど。
よく考えなさい。」

片付け終えて、次の生徒さんと交代した。

外は桜がキレイな季節になった。
私にはちょっと憂鬱な春である。
(4/1)








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