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慶應医学部入試問題の化学史研究(1)

慶應医学部では毎年化学史にまつわる問題が出題されています。(私自身は具体的にどなたが化学史に強いかは知らないけれども)出題者の一人は化学史に関心がある/詳しいのは間違いないです。
今回は慶應医学部の化学史にまつわる問題を紹介していきます。

※トップ画はゲイリュサックの肖像画です。


2024年入試

大問1 窒素の歴史

これは私もよく説明する話ですが、ハーバー・ボッシュ法は人類の歴史においてかなりの革命をもたらしています。「空気からパンを作る」方法とも言われるように、空気の約78%を占める窒素N2からアンモニアを作り、そこから窒素の肥料を製造して小麦を育てパンを作ることができます。普通の条件だとこのアンモニア生成反応は起こりにくいので、高温・高圧で行うのが一つの特徴です。そして、それでも起こりにくいので触媒を用いてさらに反応を起こりやすくしています。一方で、このアンモニア合成によって爆薬の原料である硝酸の生産も可能になり、実際、1914年に始まる第一次世界大戦においてドイツでは火薬を外部資源に依存せず国内で賄えたとも言われています。

この辺の経緯はより詳しくは以下のサイト等にもまとめてあります。是非色々調べてみてください。

大問3 気体の体積測定

これに関しては文中の「その後の研究者」についてわからなかったのでX上で助けを借りたところ、詳しい方(実は私の卒業研究の指導教官)が出典を提示してくださいました(設問の解答に相当する式も登場し、疑問が解決しました。大変助かり感謝しています)。

2023年入試

大問2 ファントホッフの浸透圧に関する実験

(前略・中略)
元ネタはPhil. Mag. S. 5. Vol. 26. No. 159. Aug. 1888かな。

浸透圧の問題の解法としては
(1) 圧力が高さに比例(高さは密度に反比例)
(2) ファントホッフの(浸透圧に関する)式:ΠV=nRT

を利用すれば良い問題が多いで、それさえわかっていればやり方に悩むことは少ないのかなと思います(細かいところで躓く部分はあります)。

ファントホッフの式に関しては、記念すべき第1回ノーベル化学賞の受賞ネタです。上記問題では実験によって浸透圧は濃度に比例することを示していますが、この式を理論的に導出するには(例えばよくある設定のように溶液と純溶媒を半透膜で分けて溶媒分子が溶液側に移動するようにした場合)溶液の化学ポテンシャルと純溶媒の化学ポテンシャルが一致するという化学熱力学的な話になります。実際ファントホッフは化学熱力学の発展に貢献している化学者であり、浸透圧においても実験だけではなく化学熱力学的な説明も与えています。高校レベルでは導出が難しいですが、気体の場合と類似しているのが面白いところです。

※浸透圧以外にもファントホッフの業績はありますが、化学熱力学関係では以下のファントホッフの式を知っておくと良いと思います(wikipediaに説明を委ねます)。

結局あまり元の入試問題の話をしていないですが、この問題を見て「浸透圧の法則はもともとはこういう実験装置だったんだ」というのが知れてよかったです(昔ヘンリーの法則について、なぜ問題ではこんなわかりづらいことをしているのかと思っていたのですが、もともとの実験装置を見てこの疑問がある程度解決した思い出があります)。

2022年入試

大問3 ファラデーの電気化学

ファラデーは生涯でかなりの実験をした人として知られており、以前ファラデーの電気分解の法則(いわゆる第二法則)について調べた際にそのノートの細かさに驚かされました。

電気分解において,
(1) 電極で生成する物質の物質量は, 流れた電気量に比例する。
(2) 同じ電気量で変化するイオンの物質量は, イオンの種類に関係なく, そのイオンの価数に反比例する。

1834V. Experimental researches in electricity.—Sixth seriesPhil. Trans. R. Soc.12455–76,
https://doi.org/10.1098/rstl.1834.0007

1834VI. Experimental researches in electricity.-Seventh SeriesPhil. Trans. R. Soc.12477–122,
https://doi.org/10.1098/rstl.1834.0008
 
Electrochemistry, 83(11)ファラデーの電気分解の法則 —原論文を読み解く
https://doi.org/10.5796/electrochemistry.83.1032
あたり

電気化学では従来の教科書的にはボルタ電池→ダニエル電池というように習いましたが、ボルタ電池は1800年に発明されたのに対し、ダニエル電池は1836年の発明なのでこのファラデーの法則の発表はその間の期間になります。ボルタ電池は近年は高校化学において教科書での扱いは軽くなり、この辺の経緯は別記事でまとめています(ただこの記事はいずれ少し修正したい)。

電気についてはそれまでは様々な発生方法で生じた電気について違いがあるという考えが主流でしたが、ファラデーはボルタ電気・摩擦電気や動物電気などについて特性を比較検証し、電気の発生方法が異なっても本質的に同一であることを立証しています。また、電気に関する定量的な議論も盛んにしています。

記事が長くなりそうなので2021年入試以前については(2)に続けます。

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