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【高校化学】 電気化学の導入(「ボルタ電池は教えるか?」等)

2つの視点

電気化学には2つの視点があると考えております。

・酸化還元反応の応用例

・エネルギーの変換

上の視点を中心に考える場合は, 教える順番としては酸化還元反応(化学基礎)の後になります。現に化学基礎でも電池について学習します。下の視点を中心に見る場合は, 熱化学の後に教えることになります。個人的には, エネルギーの視点が高校化学の範囲では乏しいので酸化還元反応の応用例として一気に学習する方が好きです。大学以降の化学では, ΔG°=−nFE° (ΔG°はギブズエネルギー変化, nは移動する電子のmol, Fはファラデー定数, E°は標準電極電位)などもやるのですが高校化学では触れる必要はないでしょう。

電気化学の理論

一般的な高校生がどれくらい電気について知っているのか?という疑問を持っています。高校化学は中学以前の化学・中学以前の物理を前提としている節があり, 苦手な子はそもそも中学以前の理科の理解度が不足している傾向にあります。電池の存在自体は身近なので知っているでしょうが, それについて理論をあまり教えずに電池の各論に触れると, 生徒は電池は覚えゲーなのかと思うかもしれません。

ですから, ある程度基礎から理論的に扱い, その後電池・電気分解の各論に触れる(場合によってはリチウムイオン電池のような発展的な電池に関しては触れない)方がちゃんと理解してくれることが多いです。まずは中学理科の内容は軽く確認しておきます。

<中学理科で扱う電気の話の中で高校化学でも利用する知見>
- 電気には+と-がある。同符号どうしは反発し, 異符号どうしだと引き合う
- 負(-)に帯電している粒がある (=電子)
- 電子の流れが電流の正体 (*ただし電子は−→+に流れるが, 電流の向きは+→−で定義されている)
- 電子の通り道は回路になっている。回路に切れ目があると電気は流れない
- 電気用図記号(最低限, 電池のどちらの線が+なのか)
- 1本線でつながっている回路=直列回路, 枝分かれがある回路=並列回路
- 中学理科ではオームの法則関係が出てくるが, それについては上位の大学では前提となっている
- 電気を「川」に喩えることが多いです。確かにそうすると直列・並列周りの話が理解しやすいです。

特に, 電気が流れているときは
- 電子が移動している→それに伴い電極では電子の授受である酸化還元反応が起きている
- 回路になっている必要がある→電子は自由電子として導線(金属)を通り, イオンとして水溶液中を移動することで回路を形成している(電子・陰イオンの移動の向きと陽イオンの移動の向きは逆)
であることを最初に伝えることで, 今後の見通しが良くしようとしています。

また, 電池・電気化学ではお互いを混同することが多いです。最初に比較して整理して教える方法も良いと考えております。例えば電極に関しては, (アノードとカソードという単語を使わないので), 日本語では電池・電気分解でそれぞれ名前が異なっていますし, どちらからどちらに流れるかが最初の頃は分かりにくいと混同すると思うので, それは注意するよう促すべきでしょう。

ボルタ電池は教えるべきか?

利点1.  化学史的観点

ガルバニの動物電気説は電気生理学的には多少貢献はしたのでしょうが, 化学的にはその後のボルタの功績が初めて電池の原理を説明したものとして重要です。この重要度に関しては人によって評価は分かれるところだと思っていて, 原理が現代的な視点では誤りもある点や, ボルタ電池は実用性には乏しく, ボルタ電池の改良の結果, ダニエル電池が世界最初の実用電池として発明された点を考慮して重要ではないということもなくはないです。他方で, その歴史が埋もれるのは勿体無いと感じています。

利点2. ダニエル電池への移行がスムーズ

ボルタ電池では何が最大の欠点といえば, 陰極から水素の発生する点で, ダニエル電池ではこれを回避するために塩橋や素焼き板の仕切りを設けるという改良をしています。なぜ, 塩橋や素焼き板の仕切りを設けているのかというのは失敗例を伝えてからの方が伝わりやすい印象です。

※ 関係ないですが, この動画好きです。失敗例もあるから参考になるのと, 料理も化学っぽいなということが十分わかる点で良かったです。


欠点1. 化学的に誤りのある説明になる/電池としての性能が×

「分極」(他の化学の分野では違う意味に使う)・減極剤の説明では現代的には誤りであることが多いです。具体的にはhttps://doi.org/10.20665/kakyoshi.46.10_632 を参照すると良いです。
また先にも出てきたように電池として性能が怪しいもの(失敗例)を重点的に教える必要があるかという意見もあります。

欠点2. 入試に出ない

欠点1のためボルタ電池の詳細な説明を聞かれるというのは科学的には「反則」かなと思います。教科書も徐々に説明が減ってきていますし, 作問もたいていはその事情を知っているので出さないのかなと思います。ただ, 全員が専門分野から出題するわけではないので, 昔の記憶をもとに作るとボルタ電池も出題されることになります。

欠点3. 誰も化学史的観点には興味がない

利点1の反対に相当することですが, 特に問題を解く上では化学史的な観点に引っ張られない方が良いと考えています。例えば気体分野ではボイルの法則→シャルルの法則→ボイルシャルルの法則→理想気体の状態方程式という順に進むことが多いですが, 問題を解く上ではPV=nRTだけ覚えて不変の状態量以外の関係性を調べる(例 n, Tが2つの状況で同じなのでPV=一定(ボイルの法則))とやるので十分な気がします。

(補足) 電気分解の理論

電気化学の大学以降の理論(特に電気分解)に関しては, 個人的にはよくわかっていない部分はあります。なんとなく誤魔化した説明になりがちです。
問題点に関しては, 以下の文献がわかりやすいです。
徳田耕一 https://www.jstage.jst.go.jp/article/revpolarography1955/51/1/51_1_35/_pdf/-char/ja Review of Polarography, Vol.51, No.1, (2005)
渡辺正 電気分解のしくみ https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/65/12/65_616/_pdf 化学と教育 65巻12号(2017年)

教える上で気に留めておくと良い指摘に関して, 
- 一定以上の電圧を要する
点は「電池が自発的であるのに対して, 電気分解(短くいうと電解)は強制的に引き起こしている反応」という特徴を補強するのに重要だとは思うが, 入試問題としてはこの点に触れることはあまりないと思う。
- 電気二重層の形成
の話(後は電流の流れが先か, 酸化還元反応が先かみたいな話)も指導者は詳しいしくみ聞かれたときのために知っておく必要はありますが, 授業で扱うかどうかは別問題でしょう。

結局のところ, 「電気分解では強制的に電気を流して〜, 誰々が電子うけとったり, 反対の電極では電極が電子を出したり, 電極が出せなければ電解液中の誰々が電子を出すんだよ〜」的な感じで「あまり熱心に仕組みを教えない」方が結局のところ安全かつ「わかりやすい」授業ではあります。電解液・電極の化学種を全部列挙させて, 電子を受け取るのは誰?とか考えさせたいですが, 「陰極では水素発生or 金属析出」という中学理科的な暗記に頼るのも仕方ないのかもしれません。

なお, 中学化学でもイオンの学習と同時期に電気分解の範囲が出てきます。中学化学としては「粒子モデルで説明できること」が大切で, 暗記からの脱却を図るべきですが, なかなか難しそうですね…(イオンはそもそも高校生でもあまり覚えていない人は多いし, 水の電気分解で水素と酸素が出てくるという知識もそういえばあったなという反応をしていますのでなかなか効果があるわけではないでしょう)。

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