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ストゼロドリームを脱した編集者が、ガイナーレ鳥取に見出した『あまちゃん』的ドリーム

OWL magazineの読者のみなさん、はじめまして。編集者の斉尾(さいお)俊和と申します。このたびOWL magazineの執筆陣に加わることになりました。

みなさん、事件です。僕は今、軟禁されています。「とある事情」のために、ここ東京から故郷・鳥取に里帰りしたいのですが、新型コロナウイルスのおかげでいつ帰れるかわからない状況になってしまったのです。気軽に地方へGO TOできない状況なのです。首都・東京に軟禁されています

コロナへの恨み節が長くなるのでここらへんで置いときますが、2つの「とある事情」が今回OWL magazineで書くことになったきっかけとなっています。

その事情の1つは実家が土建業を営んでいて、その跡継ぎの準備のために鳥取に拠点を移すこと。これまでは東京で編集者をしながら生計を立てていたのですが、鳥取に生活の軸足を移すことになりました。

2つ目は、帰省に伴って、ガイナーレ鳥取をテーマとして書くと決めたことです。故郷・鳥取のサッカーにまつわる物語を書きたいと思いました。

この2つの事情があり、かねてから知り合いだった中村慎太郎にお願いをしてOWL magazineの門を叩くこととなりました。

この決断に至るまで、労働地獄・東京での挫折と絶望が大きく関わっています。なぜ、30代の編集者が東京からUターンを決意したのか。なぜ、スポーツライティングを生業としていない人間が、OWL magazineでガイナーレ鳥取をテーマに書こうと思ったか。東南アジアの列車よろしく、日々満員の東京メトロで無限労働の炎に焼かれ続けた情景を胸に綴りたいと思います。

僕のOWL magazine処女作は以下の事件簿でお送りします。サッカーオタクだった編集者が、サッカーを「書く」と決めるまでの800日間のお話です。日数はだいたいの計算です。

そもそもOWL magazineとは何なのか?


OWL magazineとはnoteの月刊有料マガジンで、旅とサッカーをテーマにしています。「サポーターによるサポーターのためのウェブマガジン」といった感じです。

執筆陣には、FC東京、川崎フロンターレ、浦和レッズなど、Jリーグだけではなく、東京武蔵野シティFCなどJFLのサポーターも揃っています。カテゴリーを問わず、多彩な執筆陣が揃っているので、チーム間の垣根を越えた、OWL magazineならではの企画も行われています。

サッカーオタク、ストゼロ中毒のち編プロ修行

僕自身のキャリアをかなり端折って紹介します。編集者としてのキャリアは8年前が始まりでした。土建業を営む実家を飛び出し、親不孝でワナビーなフリーターから、ポータルサイトのニュースエディターのアルバイトを経て、写真家・ノンフィクションライターである宇都宮徹壱さん主筆の『徹マガ』で編集アシスタントとして丁稚奉公できることになりました。

もともと僕はサッカーオタクです。学生時代やフリーター時代には、日本全国のスタジアムを巡ったり、海外の試合を見たり、日々フットボール三昧の情報飢餓状態でした。『エル・ゴラッソ』『footballista』『フットボール批評』も暇さえあれば読んでいました。

そんな25歳のサッカーオタクが『フットボール批評』などで執筆する憧れの宇都宮さんの編集アシスタントになれました。最初は編集後記を書いたり、インタビューの文字起こしなど、文筆にまつわるファーストステップのお仕事。サッカーに関わる仕事なので、やりがいがありました。

しかし、アルバイト経験しかないので、もともとの制作スキルもなく、企画力も独自のコネクションもなし。おまけに社会人スキルもないペーペーです。これまで就職活動とも向き合わず、サッカーだけを見続けてきた筋金入りの怠け者です。

スポーツメディアに就職しようとするも、就職活動は敗北に次ぐ敗北。結果は火を見るよりも明らかです。20代も半ば、正社員の職歴なしのサッカーオタク。サッカーへの憧れだけでスポーツメディアにいきなり行けるほどそんなに甘くはないんだけど、若き日の僕は甘く見てたんだね。

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ここで奮起するかと思いきや、絶望にどっぷりと浸かった僕は「あるもの」と出会います。それはサントリー・ストロングゼロ。シュワシュワの強炭酸でどぎついアルコールがグイグイ飲める。一口飲むごとに意識はどんどん薄くなり、人ならざる心持ちやナゾの万能感が湧いてくる

この頃にハマった地方再生の喜劇朝ドラ『あまちゃん』を見ながら、日本酒3合分にあたる500mlのストロングゼロ缶3本を床に転がし、夢の世界へとトリップする毎日を送ります。『あまちゃん』は、母親の故郷を訪れた主人公アキが、田舎を愛してアイドルとなり、日本中の人々を田舎で熱狂させる。当時の自分が叶えられなかった、夢の世界です。

ストロングな合法麻薬を片道切符に、夢と現(うつつ)を往復する怠惰と逃避の日々では、意中のあの子には愛想を尽かされるし、社会人の先輩から「現実を見ろよ」と水道橋のサイゼリヤで2時間の説教を食らってしまいます。

20代中盤。大学当時の友達も仕事で忙しくなり、疎遠になった。話を聞いてくれたあの子も、僕からアクションを起こさず離れていった。周りから人がいなくなった僕は、ストロングゼロを捨て、ようやく就職活動を再開。ブラックな労働スタイルで知られる神保町の編集プロダクションに入社が決まります。ここからは汗と血と涙と酒の長時間修行の日々です。

入社当時は、上司である編集デスクの叱責を伴う激務のおかげで、サッカーへの可処分時間はほぼゼロに。Jリーグは誰がどのクラブにいるかわからず、たまに日本代表戦を地上波で観るくらいになってしまいます。

その後、働く↔愚痴るの永遠ループを3年ぐらい繰り返しながら、「もうこんな生活はイヤだ」と編プロからの転職を決意。30代に突入した編集者が、ウェブメディアへと次なる舞台を移すことになります。

心に風邪を引いてアラサー無職が爆誕

ウェブメディアの編集者として働き始めて半年が経過した時のことです。ある日、仕事に行けなくなりました。医師からの診断は「抑うつ状態」。鬱ほど深刻ではないですが、メンタルの不調が身体にも出て、働けない日々が突然訪れました。

編プロ時代の長時間修行でこっぴどくやられた身体。土建業の社長である父親の病気。複数の要因が4年に1度の惑星直列のように重なり、心に風邪を引いてしまいました。働けずに本当につらかった時期です。

当時働いていたウェブメディアでは上司から休職の提案があったんですが、いつ復帰できるかもわからない状態で、やみくもに同僚を待たせても、心に負担がかかると思ったので、いったん無職になりました。2018年7月のことです。

ちなみに、この時も「なんでサッカークラスタはハリルホジッチ解任でめっちゃ怒ってるの?」というぐらいに時代に置いてけぼり状態。サッカーでは何も感じず、労働の炎に焼かれたアラサー無職が爆誕です。現代の病をまとったサッドモンスターが東京に放逐されてしまいました。

「ロストフの悲劇」でサッカー熱が戻る

現代社会に敗れた。東京メトロにも私鉄にも敗れた。イケイケドンドンのウェブ業界に敗れた。インターネットに敗れた。昨季の欧州チャンピオンズリーグ、バイエルンに7失点大敗を喫したバルセロナのように、アラサー無職のサッドモンスターはベッドに横たわります

こうした苦い経験とともに、予想外の夏休みが訪れました。ロシアワールドカップさなかの2018年7月1日のことです。常に仕事が傍らにあった生活から一旦離れたことで、かつて傍らにいたサッカーが不死鳥のごとく黄泉の国から戻ってくることになります。

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翌日は決勝トーナメント一回戦、ベスト8をかけた日本対ベルギー。自分自身のキャリアの後悔を頭のどこかで反芻しながら、この試合を待ちました。

もう少し踏ん張れなかったのか。唐突に去ってしまって同僚に申し訳ない。普段からこうなることを防げなかったのか。

試合は深夜3時キックオフ。寝坊をしても支障がない無職生活になってしまったことに憂鬱になりつつ、片手には逃避のためのストゼロではなく、少しでも優雅な時間を楽しむためのサントリー角瓶のハイボール。サントリーが扱う商品の手広さに感心しながらも、こうなりゃやぶれかぶれです。そして、試合が始まっても、角ハイの力が相まって「後悔」で頭の中はいっぱいになります。

それを払拭したのはルカクでした。何を言ってるのかわからないと思いますが、ルカクでした。パワーショベルのような巨躯で日本の守備陣を破壊しにくる破壊力。振りまきざまにやばいシュートめっちゃ打つもん。ベルギーのビースト、アイツ半端ないって。

次第に、後悔を伴う「日常」が目の前からなくなっていく感覚がありました。今まさに繰り広げられている一戦に、いつしか釘付けになっていたのです。

ぶっとい二の腕で日本守備陣を圧倒するルカク。長短織り交ぜたパスで日本の守備陣を翻ろうするデ・ブライネ。巧みにペナルティボックスへと侵入するアザール。ゴールエリアを横断するクロスをただ放ち続けるムニエ。

ピンチをすんでのところでシャットアウトする吉田麻也。ルカクの脅威にジタバタ抵抗する吉田麻也。ベルギーに望外の2点差をつけ、最後尾で歓喜する吉田麻也。正真正銘の強豪相手に、現実を叩きつけられながらも抗う姿勢に思わず見入ってしまいました。

日常が入り込む隙間が次第になくなり、熱狂の中に引きずり込まれていくのは快感でもありました。ストロングゼロで強制的に飛ばされる夢の世界ではなく、日本サッカーが夢見た境地・ワールドカップベスト8が現実に近づいている。夢心地とそれを上回る緊張感が心を支配していったのを覚えています。

名勝負は「あの」カウンターで幕引きを迎えますが、サッカーが持つ力をまざまざと実感した一夜になりました。あの夜、ロシアのロストフアリーナで、僕はたしかにワールドカップの夢を見ていました。

DAZNで鳥取にリモート里帰りだぞーん

それからの僕はサッカーの力もあって、仕事に無事復帰というほど人生は甘くありません。ただ、毎週末にサッカーがくれる夢心地が僕を甘やかしてくれました。静かに、たしかに、僕の日常の中にサッカーが再び戻ってきたのです。

9月に仕事に復帰してからも、毎週のJリーグや海外サッカーの試合は僕の胸に熱狂を呼び起こしてくれます。サッカーの観戦は基本在宅ですが、世界や日本のどこかを毎週旅する感覚。DAZNを契約してよかった。

ロストフの一夜を経て、サッカーのような、あらゆる感情を刺激するエンタメコンテンツには、つらい日常を忘れさせてくれると強く感じるようになりました。人生の問題はサッカーで解決しませんが、サッカーがあるおかげで「苦難に立ち向かう力」をくれるものではないかと。

休職してからはサッカーの観戦は基本在宅でしたが、一時のどん底状態から復活できるようになったのはサッカーのおかげだと思います。

自ずと地元のガイナーレ鳥取の動向も気にするようになります。東京にはサッカーがあふれてるけど、鳥取にもサッカーが根付いている。東京労働地獄のおかげで、鳥取には年末年始のみの帰省だったので、故郷のサッカー事情を詳しく知らなかったのです。選手のこともまったくわかりませんでしたが、DAZNの中継は次第に観るようになります。

鳥取サッカー人の聖地、バードスタジアムが自宅のスクリーンに映された瞬間、なにか里帰りしたような感覚がありました。スタジアムのアドボードには、大山乳業や因幡の白兎。幼少から親しんできた「鳥取県あるある」が胸を熱くさせます。盆正月しか帰省しない一般的な越境者のスタイルの僕ですが、1ヶ月ごとにリモートで里帰りすることができました。

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兎追いし、かの山。唱歌『ふるさと』の「かの山」の風景が、東京で戦う日々に活力をくれました。そして、この時期に鳥取に近い将来戻ることも心のどこかで決めていたと思います。

ただ、日常にサッカーが戻ってきたのはいいのですが、サッカーオタクだった頃と同じ熱量まで戻ってきたかというと、そうではありませんでした。事実、里帰りする機会が何度もあったのにも関わらず、僕はバードスタジアムに足を運んでいません。ガイナーレが関東に遠征するアウェイの試合も、観戦を前日に諦めたことも数しれず。

思えば、ストロングゼロに明け暮れた「あの日々」が理由だったと思います。サッカーにハマると、身を滅ぼす。完全に自分のせいなんですが、「人生の挫折はサッカーのせいだ」と心のどこかで思っていたんじゃないかと。

なので、熱狂的なサポーターにありがちな思い出の一戦も、お気に入りの選手も特になし。ガイナーレの様子は毎週気にしながらも、心の距離を少し置くことになります。

編集者として勘が、ガイナーレ鳥取は魅力的だと言っている

それでも、ガイナーレ鳥取は、まごうことなき「鳥取の宝」と思うようになりました。その理由は、編プロ時代から培ってきた編集者としての視点です。ストゼロ中毒脱出後の僕は編集者として、ありとあらゆるモノ・ヒトの物語を読者に伝えてきました。

借金ウン億円を抱えながら、ラーメンで巨大チェーンを生み出した男の一代記。

倒産直前の会社を株主から罵倒されながら立て直したベンチャー社長の苦悩。

ピークを過ぎながらも日本中の期待を一心に背負い、オリンピックの金メダルを勝ち取ったアスリートの意地。

これらの物語を伝えることで、世の中が少し明るくなったような、少し強くなったような実感を得ながら、ストーリーテラーとしての8年間を過ごしてきました。

地元の愛は、ガイナーレ鳥取にあるか?

そうした日々を経た上で、家業を継ぐのが具体的になってきた2020年の正月。家業を継いで鳥取に帰れば、地元のいろいろなモノ・ヒトの物語を伝える仕事もできるかもしれないと考え始めました。

鳥取砂丘、水木しげるや青山剛昌ゆかりの地、屈指の名湯・三朝温泉、ご当地グルメの牛骨ラーメン……。そうしたラインナップを浮かべた中に、ガイナーレ鳥取が堂々上位に入ってきたのです。

毎週毎週繰り広げられる試合には、数多の物語がひもづいています。選手や監督、サポーター、クラブを取り巻くすべての人々にまつわる物語を伝えられたら、どんなに素敵なことだろう。

これから、地元の生え抜き選手がクラブの苦境を救うかもしれませんし、それがブラジルから来た単年契約のストライカーかもしれません。寒い季節、遠方から来たサポーターを温めるカニ汁にも秘めたる物語があるかもしれない。

サッカーオタクとしての視点ではなく、鳥取出身の編集者の視点として、この上なくガイナーレが魅力的に思えました。全国津々浦々を回る、多士済々のメンバーが揃うOWL magazineで物語を紡ぐことができたらと思います。

「地元の人が愛してるものであれば、まわりの人にも愛は伝わるもんよ」。あの日、ストゼロを飲みながら観ていた『あまちゃん』では、こんなことをある人物がつぶやきます。

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オタクを卒業した編集者が、ガイナーレの物語を、地元の愛の物語を紡ぐためにどうすればいいか。2020年6月末に帰省する予定でしたが、コロナウイルスの感染拡大のために一時断念しています。ストロングなお酒を飲んで自棄酒する日々もありましたが、感染収束した際には、必ずバードスタジアムやチュウブYAJINスタジアムに足を運んで、いろいろな物語を目撃できたらと思います。

OWL magazineの読者の皆々様、Jリーグは先日閉幕しましたが、サッカーは私たちの生活の傍らに常にあります。ソーシャルディスタンスに細心の注意を払いながら、サッカーにまつわる物語を、みなさんにお届けできたらと思います! どうぞよろしくお願いします。

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