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【才能はみだしっ子サポーターズ⑥】ギフテッド教育を発端に、すべての子どもの学びを考える「学びの個性尊重プロジェクト」

人にはひとりひとり異なる個性があるように、「学ぶこと」「学び方」にも個性がある。その学びの個性を大切に尊重していこうという考えから上田志穂さんが2020年秋に立ち上げられた「学びの個性尊重プロジェクト」。その活動内容を上田さんと賛同・協力をされている知久麻衣さんにお話を伺いました。

【「学びの個性尊重プロジェクト」を始めたきっかけ】学び方を否定されるわが子を見ていて、日本の教育これでいいの?と疑問が浮かぶ


上田さんは、子ども時代に学校がつまらなかったと言います。「なぜなのだろう、もっと面白くはならないのだろうか、学校を変えたい!」と京都大学教育学部にて教育行政学を学びました。大学の仲間と自主ゼミで一人ひとりにあった学び、今で言う、個別最適な学びの実現のため、個人のニーズを満たす公教育のあり方を考えていたそうです。仕組みを作る立場から関わった方が何かできるのではないかと思い行政へ就職しましたが、結婚と引っ越しを機に仕事を辞めて子育てを始めます。

上田さんのお子さんは、親から見てとてもおもしろみのある子どもだったそうです。ですが、学校からは少し「困った子」と扱われたこともありました。学校からは「しゃべりすぎる」「ノートをとらないのはおかしい」などと指摘されたり、クラスでたった一人手を挙げても、先生の計画通りに授業が進まなくなるからか指してもらえなかったり。上田さんは、自分の子ども時代から30年たっても学校は変わっていないどころか、前よりももしかしたら余計にしんどいものになっているのではないか? 日本の教育これでいいの? と思ったそうです。

最初は、子どもの一番の理解者・社会との通訳者として子どもに伴走し、成長と共に、自分の経験を生かして、わが子以外の子どもたちの学びもサポートしたいという意欲を持つようになり、支援教育専門士※の資格も取得しました。上田さんは、「学びの個性尊重プロジェクト」とは別に学びのサポートルーム ludo を主宰し、全教科を対象に子ども一人ひとりに寄り添った学習サポートを行なっています。

支援教育専門士とは

【「学びの個性尊重プロジェクト」発足】理解しよう・選択しよう・模索しよう・実践しようの4つを軸に活動を展開


上田さんは、世の中には学校にいろいろな理由で行けなくなった子どもたちがたくさん存在するので、その子たちのために何かできないかと考えました。ホームスクールを家庭だけで試行錯誤でやっていらっしゃる方も多いことから、教育の軸になるようなものがあるとよいのではと思い、ホームページを公開してプロジェクトを始めます。

学びの個性尊重プロジェクトの取り組み

現在、「学びの個性尊重プロジェクト」では
理解しよう
個性や発達、そしてそれらを育てる環境について理解を深める
選択しよう
教育を受ける権利、学習権を十分に保障するために、学びの個性にあった方法や場所を子ども自身が「選べる」ということについて考える
模索しよう
一人ひとり、能力や興味関心、学び方に違いがあることを前提とし、一人ひとりに合った教育の方法・制度について考える
実践しよう
学びの個性を尊重し活かす学びの形、学び場の形を実践するため、SEMを軸にした、学びの場を創造する

上記の4つの考えに基づいて、専門家や実践者の講演会の動画配信や「おうちSEM」*という教育モデル(詳細は後述)の紹介と推進、コミュニティ形成の活動などを行っています。

※「おうちSEM(おうちエスイーエム)」はSEM@homeから名称を変更しました。今後は「おうちSEM」で活動を続けていかれます。名称変更について詳しくはこちらをご参照ください。

配信動画(講演会)
「かしこいのに発達障害?―わかってあげたいその子の困難と可能性」
上越教育大学大学院 学校教育研究科 准教授 角谷詩織先生

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「教育はだれのもの?―権利・法律からのアプローチ」
NPO日本ホームスクール支援協会 理事長、明蓬館高等学校 校長兼理事長

第3回再peatixカバー

※おうちSEMの動画情報は後述にて

【「おうちSEM」が誕生するまで】どの子どもにも一つはある才能のタネ「好き」に着目したい、という思い

上田さんの息子さんはWISCを受けたことがあり、高いIQがあることがわかりました。そしてIQは高いけれどもテストの点は凸凹ってどういうことだろう?と考えたところから「ギフテッド」の子どもたちの存在とつながります。そして、ギフテッド関連の数ある情報の中でも、特に知久麻衣さんの子育てブログ情報「カクタス通信」を参考にして、ギフテッドの子どもをもつ保護者の支援団体であるギフテッド応援隊での知久さんの講演会に参加し、直接お会いしてつながることができたそうです。

知久さん親子は日本にいながら、息子さんはアメリカでギフテッド認定を受け、遠隔で現地の学校に所属したりホームスクールで学んだりとユニークな子育てをされていました。そのホームスクール時に息子さんに合う学びはないだろうかと情報を集められ、コネチカット大学大学院にて教育心理学「ギフテッドネス、クリエイティビティ、タレント・ディベロップメント(才能伸長)」修士プログラムに進みました。そのときに、才能伸長分野で世界的に著名なジョゼフ・レンズーリ博士のもとで「全校拡充モデル(Schoolwide Enrichment Model=SEM)」を学び、知久さんご自身が家庭で行える「おうちSEM」プログラムを考案されたのです。

知久さんは、最初は「ギフテッドの子どもをどうにか支援したい」と思い、コネチカット大学で勉強を始めたのですが、そのうちにギフテッドだけではなく、ギフテッド「も」含めた全ての子どもにニーズがあると考えるようになりました。顕著な才能だけでなく、どの子どもにも一つはある才能のタネ「好き」に着目したい。その「好き」を見つけて育てるお手伝いができればと思い始めました。恩師のレンズーリ先生も「どの子にも伸ばすべき何かしらの才能がある」とおっしゃっています。

そんな二人が出会い、「おうちSEM」を「学びの個性尊重プロジェクト」の活動として開始しました。

【「SEM」と日本初の「おうちSEM」】すべての子どもの個性に合った学びのための3つタイプについて

「おうちSEM」はレンズーリ先生によるSEMの大事な理念や核となる部分はとりこぼさず、家庭でも実践できるように調整したものです。まずは、SEMについて説明します。

SEMについて

「全てのこどものための(それぞれに適した)才能伸長教育」を目指すSEMは、レンズーリ先生の次の「3つの要素」に基づいています。
1. 平均以上の能力
2. 創造的に考え工夫する力
3. 課題をやり通す力

SEMではこれらの要素を育み、才能を伸ばすために、次の3つの「タイプ」の拡充体験を組み合わせます。

<タイプ1> より多くの世界を見せるための一般的探索。 社会見学やインタビュー、博物館、本を読むなどの探索。家庭で好きなこと、いろいろなものを触れさせる機会
<タイプ2> 「何を学ぶか」よりも「いかに学ぶか」に焦点を置き、課題に取り組むための具体的なスキルを身につける。(調査や分析方法、クリティカルシンキング、課題解決力、創造的思考力)
<タイプ3> 発表やフィードバックを通して、生徒の興味関心を社会的な繋がりの中で還元する。(自分に合った方法で、自分が提起した課題を、自分が考えた解決方法で解決する)
※学校で導入されるSEMでは、タイプ3はギフテッド・クラスの子どもたちのための拡充体験です。

SEMでは、「全学拡充モデル」というように学校全体で実行し、生徒同士が各人のタイプに取り組む過程で良い影響を与え合うという効果も期待されています。

「おうちSEM」について

おうちSEMイメージ (1)


知久さんが考案した家庭で実践できる「おうちSEM」のユニークな点は、本人がやりたければ、タイプ1や2をやり続けても良いし、タイプ3から考え始めて、タイプ1、2に続けることもできるということです。これは、たとえタイプ1からタイプ2を経てタイプ3まで進める事ができなくても、そこまでの学びは次回の挑戦に繋げていけるという思いからだそうです。各タイプでの学びに意味があること、その先に次の挑戦したい課題が見つかるかもしれないこと。その気づきを含めてサポートをされています。

「学びの個性尊重プロジェクト」では「おうちSEM」を家庭で実践可能にするために、以下のような活動をしています。
1. 知久麻衣さんの動画講演「子どもの力、どう伸ばそう?ーすべての子どものための “個別”才能伸長教育を考える」でSEMの基礎知識を学ぶ。
2. 知久麻衣さんの「おうちSEM」実践のためのワークショップ「 "好き" を本物にーおうちSEMをやってみよう」を受講し、おうちファシリテーターとなる知識を学ぶ。所要時間2時間程度。少人数で学び合う形式。
3. 「おうちSEM」を家庭で実践する際に悩みや迷いが生じた際の個別サポートを受ける。所要時間40分程度。個人相談。
※講演会参加者のFacebookコミュニティにて情報交換。
※今後は「おうちSEM」を進める仲間同士の学習会を開催予定。

「おうちSEM」を実践されている保護者の方からは、様々な質問や相談が届くそうです。タイプ1でたくさんのことに興味がありすぎて「好き」が定まらない。タイプ1と2をしたところで自己完結してしまい、タイプ3の課題解決をやりたがらない、など。そんな時に知久さんは、保護者は子どもの話をじっくり聞いたり、子ども自身が本当に何をしたいのかを考える時間を与えたりすることがとても大切と言います。保護者はあくまでもファシリテーターとして子どもが考える補佐役に徹することが大切なのです。 

※取材後、2022年5月より知久麻衣さんは「おうちSEMラジオゆるゆる講座」を配信開始されました。ラジオはこちらからお聴きになれます。

【学びの個性尊重プロジェクトが目指すもの】学びの個性が生かされ、子どもたちの”今”が豊かになること

上田さんは、「おうちSEMは実は学びの本来の姿。生きている中で、疑問や課題を見つけたら、その情報を集めたくなるし、課題解決をするためにどうしたらよいかを考えたくなる。これは人間にとってとても自然な学びの流れなのではないか」とおっしゃいます。おうちSEMをやってみようと思っても、情報やタスクに溢れている生活の中で、子どもたちは「やりたいことがみつからない」ことも起こるかもしれません。また逆に、やることを与えられるわけではない状況では、「どうしてよいかわからず退屈な時間」を経験することになる場合もあるかもしれませんが、実はそういう時にこそ、自由に創造の世界を楽しむことができるものなのです。そうした「退屈な時間」をつくることも大切なことです。

「学びの個性尊重プロジェクト」で貫かれているのは「すべての子どものための学び」という考えです。学校だけに解決策を求めるのではなく、子ども一人ひとり、それぞれの学びの個性に合った学びの選択肢を提示すること。その思いと共に今後も活動を展開していくことでしょう。

インタビュー後記~酒井の思い~

上田さん、知久さんとお話をしていると、たくさんの刺激と共に、学びそのものに多様性があるということを再認識させていただくことができます。学校での学びは選択肢の一つであるという考え方ができれば、そこにフィットしなくても緩やかに他の選択肢へと視点を変えることができます。子どもたちと保護者の中にある思い込みを柔らかくすること。とても必要な視点ではないかなと思っています。

取材の最中に印象的だったのは、知久さんからの「ギフテッドの子ども同士だからといって話が合うとは限らない」というコメントです。それぞれで興味や関心が異なることから、話が全くかみ合わないこともある。ギフテッドに限らず、同じ性質をもつ仲間(like-minded peers)と同時に、同じ関心をもつ仲間(like-interest peers)を見つけることも大切という考え方でした。ギフテッドの子どもは孤独になりがちと言われますが、ギフテッドの子ども同士で集う機会さえあれば孤独を解消できるとは限らないのだと再認識しました。ギフテッドであっても必要なサポートは、子どもにより異なるということでもあると思います。

また、「おうちSEM」のタイプごとの行動は起業家の思考と似ているとも感じました。社会で解決したい課題を見つける。その事について情報を収集し、深く全方面から思考する。その課題を自分なりに解決するために行動を起こす。子どもの時からこの思考方法を学ぶことは生きる力を身につけることにつながるのではないかと思います。

現在、「おうちSEM」の普及活動をされている上田さんと知久さんですが、書籍による情報発信も検討されています。発案者のレンズーリ先生が公認し、日本発、世界で初めての家庭で実践する「おうちSEM」が広く知られるようにと願っています。出版関係者の方にも関心を持っていただけたらと思います。

「学びの個性尊重プロジェクト」

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